Norlys(ノールリース)-日々のあれこれ
Posted by norlys - 2009.05.28,Thu
「日の名残り」と「わたしを離さないで」(共にカズオ・イシグロ著)を立て続けに読み、土屋政雄氏による見事な翻訳に改めて感嘆し、ごそごそと本棚から「イギリス人の患者」(マイケル・オンダーチェ 著、土屋政雄 訳)を引っ張り出し、再読。
いや~。。美しい文章です。
読み終えて一息ついて、またパラパラと適当にページを手繰り、適当に開いた箇所の一節を読み直してみても、本の間からぽろぽろと宝石が零れてくるように、粒粒とキラキラと、どこを切り取っても美しいです。
(なのに今はもう絶版だなんて。。もったいない。。)
原著は読んでいませんが、おそらくは英語も美しいのだろうなと思います。
でもこれほど詩的でリリカルな表現が用いられ、ときに抽象的で、エピソードが断片的に綴られていく物語を原文で読んでも、自分にはきちんと理解できなさそう。。
特に、主観と客観がくるくると切り替わるカメラワークのような―たとえば登場人物Aの心象風景から、Aを眺めるBの様子に移り、Bの独り言で結ぶ―といった文章を苦手な英語で読んでも、誰が誰で何が何のことやらサパーリでちんぷんかんぷんになりそうな悪寒。
それをまぁ、英語とは文法体系が異なり、曖昧な表現なら大得意という膠着語である日本語に、さらりしっくりと艶やかな日本語訳に仕立て上げるというのは、ほんとうにすごい。
他人の世界観に飛び込んで深く潜って隅々まで探索し、すべてを自分の言葉で仔細漏らさず誇張せずに語り尽くすことはそんなに簡単な作業ではないから。
この物語の主な登場人物は4人。(以下、ネタバレあり)
・イギリス人の患者:砂漠で発見された謎の人物。小型飛行機から砂漠に不時着した際に全身に大火傷を負い、容貌も身元も国籍も分からない謎の人物。便宜上「イギリス人」と呼ばれる。砂漠での日々を物語る。
・ハナ:カナダ人の若い従軍看護婦。生真面目な性格。戦争中に子供と父親を失う。
・カラバッジョ:イタリア系カナダ人。ハナの父親の友達でハナとは昔からの知り合い。元の職業は陽気な泥棒。戦時中に連合国側の二重スパイとなるものの、職務遂行中に敵に見つかり両手の親指を失う。
・キップ:シーク教徒のインド人。英国軍部爆弾処理班所属。
物語の舞台は1945年、第二次世界大戦末期のイタリア、トスカーナ。フィレンツェから北に約20マイル離れた丘陵地帯の谷間にある崩れかけた元僧院、サン・ジローラモ屋敷。ドイツ軍による占領の後、連合軍の野戦病院として使用されていた半ば廃墟。
周囲には小さな畑や牧草地があり糸杉が並び、朝は靄に包まれ夕方には雷雨が訪れる。戦線は嵐のように過ぎ去り、建物は半壊しているものの水と緑に溢れる穏やかな場所。
最初はハナとイギリス人の患者だけが屋敷に留まっている。
やがてカラバッジョが現れ、それからキップが登場。
年齢や性別、職業やそれまでの人生の背景が異なる4人。
戦争によって、それぞれに大切なものを喪失した4人。
過去に縛られ、現在に戸惑いまたは諦念し、理想や未来を描けない4人。
このサン・ジローラモ屋敷の中に横たわり、イギリス人の患者はハナたちを相手に北アフリカの砂漠の日々を語る。失われた文明や伝承のオアシスを砂の下に包み隠し、ベドウィンたち砂漠の民が行き交う土地。
博識で見識の高いイギリス人の患者の物語には、聞き手を捕らえて離さない魅力に溢れている。つられて自分もまた理想郷としての砂漠に吸い込まれそうになる。
イギリス人の患者には深い秘密が隠されていると考えたカラバッジョは、彼から話を引き出そうとする。生真面目でシンプルな性格のハナはイギリス人の過去には執着しない。ハナとキップの未来に進むべき若いふたりは、それぞれに懐かしい昔の話に耽る。互いに育った背景が違うので相手の話が良く見えないけれど、それすら見えないことにしながら。
付かず離れず、離れず付かず。
緩やかに交わる人物たち。打ち明けられる過去。懐かしい思い出。交錯するエピソード。
丁寧な手仕事で織り上げられた1枚のタペストリーのよう。
交差する縦糸と横糸の色は交わらず、その対比は際立つだけ。人はどこまでも独りで孤独。
戦争はもうすぐ終わる。ドイツ軍がイタリア国内のあちこちに仕掛けた不発弾処理に携わるキップを除いて、直面する脅威はない。「不思議なものだな」とカラバッジョが言い、今は「順応の期間」なのだとハナが言う。
そんな緩やかで温かい期間は案外短く、4人の共同生活に終止符が打たれる。思いがけず唐突に。
"The English patient" のタイトルが示すとおり、「帝国病」という無形の脅威。
仮初の宿で架空の人物たちがしばし縁を結ぶだけという架空の物語の中で、突然リンクする現実の史実。
用意周到に準備された顛末。
溜息をつくほどに美しい言葉の羅列をじんわりと味わっていたいのに、怠惰で甘美な非日常的な日常を作者自らぶち壊すとは。。。
唐突過ぎてちょっとびっくりするけれど、もしかしたら原作者はこれを言いたいがためにこの物語を用意したかったのかもしれない、とも思う。キップの立ち位置を考えたら、そうなんだろな。
この小説を再読して以来、鬼束ちひろの「ダイニングチキン」という歌の一節が脳内をぐるぐる。
♪ 始まりを示し終わりを示す誤作動
私は星で
貴方は願うのをやめただけ
破壊と喪失、そして願わくば再生。
切ないのう。。・゚・(つД`)・゚・
いや~。。美しい文章です。
読み終えて一息ついて、またパラパラと適当にページを手繰り、適当に開いた箇所の一節を読み直してみても、本の間からぽろぽろと宝石が零れてくるように、粒粒とキラキラと、どこを切り取っても美しいです。
(なのに今はもう絶版だなんて。。もったいない。。)
原著は読んでいませんが、おそらくは英語も美しいのだろうなと思います。
でもこれほど詩的でリリカルな表現が用いられ、ときに抽象的で、エピソードが断片的に綴られていく物語を原文で読んでも、自分にはきちんと理解できなさそう。。
特に、主観と客観がくるくると切り替わるカメラワークのような―たとえば登場人物Aの心象風景から、Aを眺めるBの様子に移り、Bの独り言で結ぶ―といった文章を苦手な英語で読んでも、誰が誰で何が何のことやらサパーリでちんぷんかんぷんになりそうな悪寒。
それをまぁ、英語とは文法体系が異なり、曖昧な表現なら大得意という膠着語である日本語に、さらりしっくりと艶やかな日本語訳に仕立て上げるというのは、ほんとうにすごい。
他人の世界観に飛び込んで深く潜って隅々まで探索し、すべてを自分の言葉で仔細漏らさず誇張せずに語り尽くすことはそんなに簡単な作業ではないから。
この物語の主な登場人物は4人。(以下、ネタバレあり)
・イギリス人の患者:砂漠で発見された謎の人物。小型飛行機から砂漠に不時着した際に全身に大火傷を負い、容貌も身元も国籍も分からない謎の人物。便宜上「イギリス人」と呼ばれる。砂漠での日々を物語る。
・ハナ:カナダ人の若い従軍看護婦。生真面目な性格。戦争中に子供と父親を失う。
・カラバッジョ:イタリア系カナダ人。ハナの父親の友達でハナとは昔からの知り合い。元の職業は陽気な泥棒。戦時中に連合国側の二重スパイとなるものの、職務遂行中に敵に見つかり両手の親指を失う。
・キップ:シーク教徒のインド人。英国軍部爆弾処理班所属。
物語の舞台は1945年、第二次世界大戦末期のイタリア、トスカーナ。フィレンツェから北に約20マイル離れた丘陵地帯の谷間にある崩れかけた元僧院、サン・ジローラモ屋敷。ドイツ軍による占領の後、連合軍の野戦病院として使用されていた半ば廃墟。
周囲には小さな畑や牧草地があり糸杉が並び、朝は靄に包まれ夕方には雷雨が訪れる。戦線は嵐のように過ぎ去り、建物は半壊しているものの水と緑に溢れる穏やかな場所。
最初はハナとイギリス人の患者だけが屋敷に留まっている。
やがてカラバッジョが現れ、それからキップが登場。
年齢や性別、職業やそれまでの人生の背景が異なる4人。
戦争によって、それぞれに大切なものを喪失した4人。
過去に縛られ、現在に戸惑いまたは諦念し、理想や未来を描けない4人。
このサン・ジローラモ屋敷の中に横たわり、イギリス人の患者はハナたちを相手に北アフリカの砂漠の日々を語る。失われた文明や伝承のオアシスを砂の下に包み隠し、ベドウィンたち砂漠の民が行き交う土地。
博識で見識の高いイギリス人の患者の物語には、聞き手を捕らえて離さない魅力に溢れている。つられて自分もまた理想郷としての砂漠に吸い込まれそうになる。
イギリス人の患者には深い秘密が隠されていると考えたカラバッジョは、彼から話を引き出そうとする。生真面目でシンプルな性格のハナはイギリス人の過去には執着しない。ハナとキップの未来に進むべき若いふたりは、それぞれに懐かしい昔の話に耽る。互いに育った背景が違うので相手の話が良く見えないけれど、それすら見えないことにしながら。
付かず離れず、離れず付かず。
緩やかに交わる人物たち。打ち明けられる過去。懐かしい思い出。交錯するエピソード。
丁寧な手仕事で織り上げられた1枚のタペストリーのよう。
交差する縦糸と横糸の色は交わらず、その対比は際立つだけ。人はどこまでも独りで孤独。
戦争はもうすぐ終わる。ドイツ軍がイタリア国内のあちこちに仕掛けた不発弾処理に携わるキップを除いて、直面する脅威はない。「不思議なものだな」とカラバッジョが言い、今は「順応の期間」なのだとハナが言う。
そんな緩やかで温かい期間は案外短く、4人の共同生活に終止符が打たれる。思いがけず唐突に。
"The English patient" のタイトルが示すとおり、「帝国病」という無形の脅威。
仮初の宿で架空の人物たちがしばし縁を結ぶだけという架空の物語の中で、突然リンクする現実の史実。
用意周到に準備された顛末。
溜息をつくほどに美しい言葉の羅列をじんわりと味わっていたいのに、怠惰で甘美な非日常的な日常を作者自らぶち壊すとは。。。
唐突過ぎてちょっとびっくりするけれど、もしかしたら原作者はこれを言いたいがためにこの物語を用意したかったのかもしれない、とも思う。キップの立ち位置を考えたら、そうなんだろな。
この小説を再読して以来、鬼束ちひろの「ダイニングチキン」という歌の一節が脳内をぐるぐる。
♪ 始まりを示し終わりを示す誤作動
私は星で
貴方は願うのをやめただけ
破壊と喪失、そして願わくば再生。
切ないのう。。・゚・(つД`)・゚・
PR
Comments
Post a Comment
Calendar
最新記事
(07/27)
(07/13)
(07/10)
(03/18)
(03/17)
(03/16)
(03/16)
(03/16)
(03/12)
(03/10)
Profile
HN:
norlys
性別:
非公開
自己紹介:
Norlys(ノールリース)。極光、いわゆるオーロラ。雪の降る季節と雪の降る景色がすき。趣味は編み物。週末は山を散策。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
つぶやき。
Category
Search
Meteo
Look down on Earth
↑陸域観測技術衛星ALOS(だいち)
「P」ボタンを押すと衛星画像になりますyo
Ads
Comments
Trackbacks
Tool
Log
Template by mavericyard*
Powered by "Samurai Factory"
Powered by "Samurai Factory"