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Norlys(ノールリース)-日々のあれこれ
Posted by norlys - 2009.02.16,Mon
週末は妙高でスキー合宿。山の会の新潟支部長宅(広めのワンルーム)に8人で押しかける。スキー道具のほかに寝袋とコッフェルを持参。

金曜日の夜に都内を出発。長野県に入った辺りから雨が降り始める。妙高市内に入っても温かい雨が降り続いている。道路脇には砂利まみれの雪が僅かに残っている程度。この雨でまた一層雪が融けてしまうよなぁ。。と、少し不安になる。

無事の到着と久しぶりの再開を祝して乾杯の後、就寝。明日の朝も早い時間帯はまだ雨が残っているかもしれないし、ゲレンデスキーだからのんびり行こうや~と、結構遅い時間まで呑む。

土曜日の朝は8時半に起床。カーテンを開けると陽射しが眩しい。窓の外に見える妙高方面はうっすら雲がなびいているけれど青空も覗いている。例年なら雪に覆われているはずの田んぼが剥き出しになっている。

朝ごはんを食べてタングラム斑尾へ。道中の川や側溝には、早くも雪解け水がどこどこと流れている。2月だというのに。。

スキー場に到着した時は若干風があり雲がかかっていたけれど、次第に天気が回復し間もなく気温がぐんぐんと上昇。温かい雪面はシャリシャリで2月の最盛期だというのに、なんだか春スキーみたい。木の周辺の雪が融けて地面が覗いているところもあるし。

例によって例のごとく、コブ斜面を何度か往復。シャリ雪なので怖くはないけど、エッジングがヘタクソでときどき板が雪に潜る。それにしても暖かい。コブ斜を滑るとあっという間に汗だく。しかしまぁ、これでは3月後半とか4月のコンディションですよ。今年のスキー場は営業期間が短くなりそう。経営的に大丈夫なんだろか。。

のんびり出発したので4時間券を購入。滑り出し1時間ですでにお昼ごはんの時間。まぁ雪の状態もこんなだし、のんびり行こうよ~といいながら、お昼ごはんを手早く片付けた後は、みんなノンストップでひたすら繰り返しコブ斜を滑る。

スキー場の帰り道に温泉に立ち寄り、スーパーで買出し。ざっと部屋のお掃除をして宴会。
Fさんがゲレンデで撮影した動画をみんなで鑑賞。
みんなそれぞれ自己流なのでフォームがバラバラで面白い。自分の滑りは、なんだか竿で雪面の下にあるなにかを探り当てている人みたいだった(笑)。

この日は日本海側だけではなく、静岡で最高気温26度を記録するという暖かい一日だというニュースに一同驚く。26度って、もはや春を通り過ごして夏だよね。。と。

日曜日は戸隠へ。天気予報では晴れのち雨ということで、万が一降雨となっても、標高が高いスキー場ならば雪になるのではないかと一縷の望みを託して。今の時分に妙高からだと山道なので時間がかかりそうなものだけど、路面には欠片も雪がなくひたすら夏道なので思いのほか早くに到着。

戸隠に到着すると、空はすっきりとした快晴で、今すぐ天候が崩れそうな気配はなし。ラッキー。
去年の秋に登った戸隠山や高妻山が目の前にくっきりと聳え立ち、絶景かな、絶景かな。
それにしても、1月に戸隠に滑りに来たY君が、「ここにも雪がないなんて」と絶句するほど、雪解けが進んでいる模様。
それでもさすがに普段はパウダーなゲレンデだけあって、まぁコンディションはそこそこ。

P2151137_s.JPGリフトを乗り継いで上に上がると、戸隠連峰の向こうに北アルプスの山々が一望。あれが八方、あそこが白馬連峰、唐松、五竜、鹿島槍、爺ヶ岳~とか、妙高や焼山のある頚城山塊などを眺めたら、なんだかもうこれで満足! という気分。雪質は。。。だけど、お天気良くて暖かいというのは、それはそれで悪くないなぁ、うん。

緩斜面、急斜面のフラットバーンを流して早々にお昼休憩。お昼ごはんを食べながら、「もう今日は早めに上がってケーキセットでも食べようよ~」みたいな流れになりつつも、ご飯を食べ終わってゲレンデに戻ってみればまたしてもみんなノンストップで滑る滑る。ケーキセットの話はどこに消えたか、リフト券の最終刻限まで粘って滑りまくり。これぞ大人のスキー合宿(?)。

上部にあるコブはカリカリで怖いのでフラットなところをさっくり逃げて、下部のなんちゃってモーグルコースを繰り返しトライ。傾斜が緩いので自分でもなんとか板を回せる。ここだけ繰り返し練習したいくらいだけど、繋げるリフトがないのが残念。いったいいつになったらコブ斜をうまく滑れるようになるのやら。。

そんなこんなでタイムアウトとなり、お世話になったSさんと名残を惜しみつつお別れ。3年越しの妙高スキー合宿も今年で最後。
Sさんは春になったら、今よりももう少し遠いところにお引越しされるそうな。山から山へ。それまた人生、かな。

都内に帰ったら、風に乗って沈丁花の匂いが漂っていました。もうすぐ春なんだな~。
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Posted by norlys - 2009.02.09,Mon
2月の絶好の好天の週末なのに家族旅行。たまには親孝行もよろしかろ。。
御殿場にある父親のかつての勤務先の保養所の予約が取れたということで、中央道から河口湖経由で御殿場へ。

なにしろこの不景気なご時勢なので、企業年金を基に建てられた保養所もいつ売り飛ばされるか分からないということで、行けるときに行っておこうと母親が言う。

河口湖湖畔でお昼ごはんを食べ、道中にある「道の駅なるさわ」で一休み。眼前にどどーんと富士山の雄姿。青空の中にすっくと聳える独立峰。時折青空の中に一陣の雲が流れてきて富士山山頂付近にまとわり着いて流れ去っていく。西の斜面は太陽の光がぺかりと照り返し、雪が焼結してツルツルのアイスバーンになっているらしい。
今おそらく山頂付近では強い風が吹き荒れているんだろうな…と想像すると、無性に山が恋しくてたまらなくなった。まぁでも今回は家族旅行なので山は見るだけ。眺めるだけ。

「山に行ってるの?」と母親が尋ねるので「行ってるよ~」と答える。「ふ~ん、どんなところ?」と更に問われるので、「今の自分は伊豆の岩場が多いかな。あ、この間谷川岳登ったよ」と言うと、「あらぁ~、それは寒いでしょう」と言う。「冬山はとにかく寒いんだよな~」と、父親が昔の自分を思い出したのか相槌を打つ。「お父さんの時代はキスリングでしょ~。今は装備も衣類も色々と進歩しているんだよ。それにあまり危険な場所には行かないしね」と答えておく。

P2070965_s.JPGなるさわの道の駅の敷地には、なるさわ富士山博物館があって鉱物が展示されている。
「パワーストーンがいっぱいよ~♪」と喜ぶ母親を横目に「そうはいっても、石は石だよ」とついつい水を差してしまう。なぜ人は石の結晶にそれほど多大な期待を寄せるのか、自分にはさっぱりわからない。
シリカは大好きだし鉱物も大好きだけど、「××に効く」という珍妙なご高説を有難がったり、やたら高い価格で取引される理由がわからない。
まぁいいんだけどもさ。

ブラジル産のメノウを母岩とする紫水晶の鉱石を前にミュージアムショップの方の説明を拝聴する。水晶はSiO2の結晶であるとか、紫の色は鉄イオンと紫外線の影響によって発色しているのだとか、そういうお話。
館員の方が仰るには、水晶が結晶化する際は気体の状態にあるという説明をすると、たいていの場合はわかってもらえないそうな。「石がなぜ気体なのか」とびっくりされるので、水蒸気が結露して場合によっては窓に氷の華を咲かせる例を持ち出すのだという。なるほどな。

それにしても。私たちの常識はごく狭い範囲の中でしか通用しないということをうっかり忘れる人が多いのだなぁと思う。
かくいう自分も5月の麓の陽気につられて、ついつい山の上の気象を見誤りそうになることがあるので、とやかくは言えませんが。。

P2070994_s.JPG精進湖、本栖湖と巡り、風穴を覗いて、夕方に宿に到着。御殿場の街の灯りの向こうにうっすらと富士山のシルエットが浮かんでいる。でかいなー。

小さいプールがあるのでひと泳ぎしてから夕飯。夕食の後は卓球大会。温泉卓球だというのに、みんな本気すぎて疲れた。





P2081008_s.JPG
←宿のホールから。保養所なのでホテルのようなよそよそしさがなくて居心地が良かった。








P2081021_s.JPG翌朝は沼津の千本松原へ。穏やかな小春日よりということもあって、浜辺をたくさんの人が散策していた。暑いくらいのぽかぽか陽気。陽射しが眩しい。
雄大な裾野に連なる富士山の峰がお見事。雲ひとつない快晴だけれど、上空の風は昨日よりも強いらしく、山頂付近は雪煙が舞っている。白い頂が連なる赤石山脈も見える。

沼津港の魚市場に立ち寄る。何匹か猫を見かける。どの猫も毛並みがつややかで肉付きもよくてふくふくしている。人の姿を見ても逃げることなく、悠然と道端で日向ぼっこしている。幸せそう。



魚市場内の定食屋さんでお昼ごはんを食べて、浜辺沿いにドライブしてから都内に戻る。
家族旅行だからお天気が多少悪くてもいいや~と思っていたけれど、お天気が良かったお陰であちこちから存分に富士山の姿を堪能できたので、それはそれでよかったのかも。
Posted by norlys - 2009.02.02,Mon

週末は北海道に遠征。
金曜日の夜はすすきのでたらふく食い、しこたま呑み。
土曜日の朝、ニセコに移動。

P1310894_s.JPG残念ながら雪面のコンディションはあまり良くなかったものの、グランヒラフの上部リフトが稼動していたので、ニセコアンヌプリの山頂まで少しばかり歩いて北東斜面にドロップイン。

ニセコアンヌプリ山頂にある避難小屋。
標高1308mと関東周辺ならば低山の範疇だけど、さすがは北海道。稜線は風が強くて寒かった。

北斜面の沢筋を滑るとゲレンデまで戻るのがたいへんらしいので、トラバースしてゲレンデに合流。

去年はふかふかのパウダーだったコースが、今回は平凡なゲレンデになっていて残念。それでも内地の雪に比べたらサラサラふんわり。心配していた右足への負担も軽く、快適。
夕方になって風が強くなり、しばれる寒さに負けて早めに引き上げ。

P1310906_s.JPGその日の晩はニセコ五色温泉で宴会。
またしてもたらふく食い、しこたま呑み。

翌日はアンヌプリとヴィレッジを梯子。どちらもゲート外のコースが面白い(完全立入禁止区域ではなく、コース外)。

かろうじて残っているパウダー部分を狙うものの、案外モナカだったり下層にガリガリのバーンが隠れていたりして、てんで予想がつかなくて楽しい。

Posted by norlys - 2009.01.16,Fri

年末の新島旅行、4日目、最終日、大晦日。

タクシーの運転手さんとか浜辺や道端でほんの少しだけど会話を交わした島の人たちが一様に「いつまでいるの? え、31日まで? 元日にはみんな浜辺に集まって、甘酒とかが振舞われるのに~」と仰っていた。知らなかったよ。。残念。

荷物をざっとまとめて宿の食堂に行き、朝食を食べながらさて船が出る11時過ぎまでどうしようかな。。また間々下海岸の先までひとりで散歩してこようかな。。と考えていると、食堂の方が「今日も海が荒れるから朝の船に乗った方がいいって放送で言っていたよ」と教えてくれる。

「朝の船?」「そう、8時15分に出る船」「風、強いんですか?」「風はそうでもないけど、うねりがね。朝の便も羽伏浦港に着くんだって」げげ。宿から歩いて10分ほどの黒根港じゃないんだ。。
「朝は港に入るけど、昼の便がどうなるかは分からないみたいだよ。まぁ、フロントに行って聞いてごらん」「はぁ、そうします」
て、もう8時なんですけど。。あと15分。

慌ててフロントの方に「朝の船に乗った方が良いということなんですが」と尋ねると、「荷物、まとまってますか?」との返事。「あ、大丈夫です。すぐ出発できます」と、バタバタと8時5分に宿を出て、宿の送迎車に乗る。出発。あと10分。

「車なら早いですよね。ぎりぎり間に合いそうですね」と車のハンドルを握る宿の方に話しかけると「そうですね。でも羽伏浦港は若郷の手前だから…」と言いながら、スピードを上げてかっ飛ばしてくれる。宿の人がぽつりと「あぁ、向こうからタクシーが来たということは、もう港に船が着いていますね」と言う。「あ、ほんとだ。続々来ますね…でもまだ15分じゃないから船は出ませんよね」「そうですね。おそらくすぐには出ないと思いますが…」

8時15分ほぼジャストに港に到着。大急ぎでザックを引っつかみ走り出す。埠頭の角を曲がるとまだ船は港にいた。でも、既にタラップは取り外され、今まさに出港しようとしているところ。
「すみません、乗せてください! 」 とその辺に立っていた係りと思しき人に詰め寄る。「昼の便がわからないので、朝の便に乗ったほうがいいと聞いたので」
今まさに船が出るってときにまったくもう面倒臭いなぁ。。という表情が港の人たちにちらりと浮かぶ。どど、どうしよう。。
船のデッキにいる船客さんたちから「跳べ、跳べ」コール。跳んで飛び乗れ、と。「いや、すみません、ちょっと跳べません。乗せてください~」(汗)。

ま、仕方ねぇか…という雰囲気が流れ、せっかく脇に寄せたタラップを再度船に掛けてもらい(すみません)、なんとか無事に乗船できました。ありがとうございました。なぜかデッキのお客様たちから拍手までいただきました。ありがとうございます。

ふーやれやれ。と深呼吸をしていると、「え~、本船は新島を出ました後、式根島を経由して神津島に向かいます」とのアナウンス。

え? 自分は東京に帰るんですが? 式根島? 神津島?
実はこのときまでまったく理解していなかったのだけど、どうやら朝の便というのは往路で、新島を出た後式根島、神津島に向かい、復路の船が本来自分たちが乗船する昼の便と呼ばれるものだと理解。
ということは、東京湾到着が早まるということもなく、このまま19時まで都合11時間、約半日船中の人。。まぁ船旅は好きだけど。。

PC310401_s.JPG港を離れると、船は羽伏浦沿いに南下。目の前に白ママ断層崖。海から眺めることができてちょっとラッキーだったかも。

ざっくりと切り立った白い断崖の上、神様がいるという森の緑に包まれた緩やかな台地に、無人灯台とミサイル試射場がある。
なんでも年間10発くらい、海に浮かべた無人標的(ブイ)を目標として発射訓練をしているらしい。
いつの日かどこからかやってくるかもしれない脅威を想定しながら、海に向かってぽんとミサイルを撃つ。リアルでシルトの岸辺みたいだ。
(村との公約に、実験は年間20日以上は実施しないという条項があるという。また、施設の設立当初は、宇宙開発推進本部(後の宇宙開発事業団、現JAXA)がここでロケット打ち上げ試験を行っていたそうな)

PC310406_s.JPG20年前のガイドブックには「試射場は見学可。ただし要事前予約」とあるけれど、今はどうなんだろ。

宿に置いてあった島の歴史の本は、以前新島の小学校に勤務されていた校長先生が編纂されたものだった。
この本は神話の時代から始まる。伊豆諸島は事代主命によって造られた。事代主命はなんでもはるばる天竺から日本にやってきてどこかよい土地はないかと探していた。この国にはすでにさまざまな神様がいるけれど、ちょうど良さそうな場所があるのでどうだろう、ということで伊豆半島沖に伊豆の島々をお造りになられた。んで、妃や子供たちを各島の護りとして置いたとか、そんな感じ。記憶がちょっとおぼろげだけど。
大国主の国造りの神話のコンパクト版として考え出されたのではないか、という考察が示されていたような気がする。

そんな神話の時代から始まる歴史の本の後半に、ちらりと記された一節。
なんでも明治時代かその後か、若郷村の村長さんが手狭な若郷の渡浮根港を拡張すべく、港周辺の岩山をダイナマイトで発破して港に沈めるという一大工事を行ったらしい。でも、この工事の結果は裏目に出て、巨大な岩がごろごろ港に溜まってしまい波が高いときには浜辺に打ち上げられたりと、ぶっちゃけ失敗に終わったそうな。
で、少しばかり時が流れ、昭和となり、この若郷の港に沈んだ岩石を撤去し港湾を整備することと引き換えに、新島にミサイル試射場が建設されることになった。
まぁ、そんな感じの簡潔な内容だった。直前まで村の風物や風習に関する内容が続いていたので、ちょっと唐突な気がして印象的だった。

家に帰ってからこのミサイル試射場のことを検索したら、ぞろぞろと情報が出てきてびっくり。
1958年、防衛庁が新島南端の土地を買収。ミサイル試射場設置のことを朝日新聞の記事で初めて知ったという島民は驚き、防衛庁(現防衛省)に説明会開催を求めるも役所側の反応は薄く、その間に総評、社会党、共産党などが組織する反対派がオルグ団を結成し島に上陸。反対派の団体に属する軍事評論家が「実験場が出来たらソ連が新島を原爆攻撃する」という演説を行ったとか。今となっては笑い話みたいな感じがするけど、当時の人たちはかなり本気だったんだろう。
そんな1963年の「新島ミサイル闘争」は新聞紙面を賑わし、賛成派と反対派とで島を2分する騒動となったとして、昭和史に刻まれているのだそうな。

なんとまぁ、そんなことがあったのですね。知りませんでした。

昔の人って、つくづく血気盛んだよなぁ。。と、学生運動を知らない自分は、ぼんやりと思う。
まぁ、港湾整備や飛行場建設と引き換えにミサイル試射場設置をというお上の決定も狡猾だよなと思うけど、いっそ、反対派の人たちもオルグ団を結成して思想工作とか闘争を決起するのではなく、自衛隊に先駆けて港に埋まった岩石をみんなで除去する作業をすればよかったんでねーの?

また、ミサイル闘争に携わった内田宜人氏が実に感傷に満ちた電波度の高いエッセイの中で、第二次世界大戦中新島の人たちが山形に強制疎開したことに触れている。「軍の方針による強制疎開であり、縁故とてあろうはずのない山形県に送り込まれたものであった。」という文章を読んでふ~ん、と思った。

江戸時代の寛文8年(1668年)に新島初の流人として配流されたのは出羽国羽黒山中興の祖とされる別当天宥法印という高僧で、島の子供たちには読み書きを大人には農作物の生産技術などを教え、7年後に入寂するまで島の人に慕われたという。島の人たちは天宥法印のお墓を守ってきた。ずっと長いこと。出羽三山神社の天宥法印の弟子たちは、天宥法印の墓を探し続け、かれこれ270年後に新島にお墓があることを突き止めたという(弟子たちは天宥法印が伊豆大島に遠島になったという判決文に従ってずっと伊豆大島を探していたので、なかなかお墓を見つけられなかったそう。270年というのは曖昧な記憶。違うかも)。そんな繋がりがあって、山形県羽黒町と新島村は現在友好町村関係にあり、交流が深いらしい。

内地に縁故の少ない村の人たちの強制疎開先が山形のテンユウ様の出身の近くというのは、誰が取り計らったのかは知らないけど、偶然としてもよくできた話だなと自分は思う。

戦争や争いごとなんてないほうがいい、断然いい。それに伴う悲劇もないほうがいい。絶対にいい。けどね。でもね。

島と国と世界と、個人の感情と利害と信条と…嘘と毒と憎しみと。
色々考え出すと頭がぐるぐる回リ出す。あんまり考えないほうがいいのかも。

PC310423_s.JPG早島の先を越えると島影を出たために海のうねりが強くなり、船がぐらりと揺れだす。
間もなく式根島の野伏港に入港。式根島は過去3回訪れたことがある。小さな島なので、週末にぷらりと訪れるのにお手頃。露天風呂もあるし。浜松町の会社に勤めていたときには、残業して遅くなった金曜日には「今なら船に乗れる!」と思ったことがしばしば。実行はしなかったけど、実際に過去に会社から島旅に直行した人がいるとか。

式根島を離れて、船は往路の最終寄港地となる神津島に向けて出港。

PC310432_s.JPG
海が荒れているからか、表玄関である神津島港ではなく多幸湾に入港。天上山の真っ白い山肌が目前に迫る。2000年に起きた地震で南西面の山腹が崩壊したそうでいよいよ白い。

天上山の山頂には不入ガ沢(ハイラナイガサワ)という噴火口跡があり、ここは伊豆諸島の神様たちが集まって水配りの相談を行った神聖な場所なので立入り禁止だそうな。
伊豆大島の三原山を御神火と呼ぶように、新島の向山が神ヶ森と呼ばれるように、火山には神様がお住まいです。

PC310454_s.JPG神津島の砂糠崎周辺には浪で侵食されてドーム状になった穴があちこちに。う~む、あれはちょっと自分には登れないなぁ。。なんてつらつら考えながら眺める。





 

PC310467_s.JPG船は再び式根島に。










PC310481_s.JPGそれから新島へ。今度は黒根港に入港。なんだ、宿のすぐ近くじゃないか(笑)。海は朝よりも穏やかになっている。ま、他の島を巡ることができてラッキーだったと思うことにしよう。

新島を離れた時点でも、まだ利島は条件付出航とのこと。現地と連絡を取り合いながら接岸するかどうかを決めます、というアナウンス。





PC310502_s.JPGお昼になったので船内の食堂へ。鵜渡根島の脇を過ぎる。赤い岩とこびりつくように生えた植物の緑とのコントラストがきれい。草食系の恐竜みたい。
鵜渡根島の先に特徴的な利島のシルエットが近づいてくる。南からみると周囲は断崖絶壁。もしかしてこれは…と、慌ててお蕎麦を啜ってデッキに出ると、どうやら利島に無事入港する様子。



 

PC310503_s.JPG港にはコンテナを運ぶ車両のほかに、警備のパトカーと郵便局の車が1台ずつ。郵便局の人はデッキから袋を受け取ると早々に車を出して港から去っていった。あぁそうか、明日は元旦だ。年賀状か。朝の便は欠航したけど、昼の便は寄航できて良かったねぇとなんだかしみじみする。

それから船は大島に寄り、一路東京湾へ。富士山の白い頂がいよいよはっきり見える。その南に延びる白い山脈は南アルプス深南部だろか(違うかも)。富士山や伊豆半島の陸地は島からでもはっきりと見えた。その昔、島に流さた流人の人たちは、前浜に降りて富士山を見ては自分の故郷はあっちかと眺めやったんじゃないかなぁと想像してみる。

やがて夕陽が山の端に消えて、しばらくすると海岸沿いに街の灯が点る。浦賀水道に入ると船は12ノットに減速し、同じように減速航行中で漂うようなタンカーや貨物船と行き交う。もう特に見る風景もないので、部屋に篭り到着のときを待つ。

まるはのネオンサインや晴海旅客ターミナルのガラス屋根が見え、あぁ東京に戻ってきたんだなと実感する。まぁ旅先も東京都なんだけどね。

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Posted by norlys - 2009.01.14,Wed

新島の旅、3日目。

2日目の夜も満点の星空。ただ夜半過ぎから西風が強まってきた。朝から風がぼうぼうと吹いている。
もし風がなければ、連絡船にしきに乗って式根島に足を伸ばしてみようかと考えていたけれど、どうやら欠航の様子。残念。

それでは、と、宿でママチャリをレンタルして、コーガ石の採石場を散策に。
新島に旅行をすることを決めた直後に、たまたまとある設計事務所さんからコーガ石にうちの会社の製品を使えないかというお問い合わせがあった。あら偶然。それで、とてもニワカだけどコーガ石のことを調べて興味が湧いた次第。なにしろSiO2おたくなので(あるのか、そんなジャンル)。シリカ、かわいいよ、シリカ。

そういえば。新島のガラスアートセンターというガラス工芸専門の美術館では、このコーガ石を原料にしてガラス作品を制作しているそう。コーガ石に含まれる微量の鉄分によって独特の美しいオリーブ色になるという(工業用ガラスの原料としては不要な不純物を逆手にとったそうな)。体験講座があるとのことで問い合わせたけど、残念ながら年末年始はお休みでした。

向山に続くなだらかな道をえっちらおっちら歩く。ママチャリだと坂道がしんどいのと、なにしろ風が強いので、自転車は押して歩く。道端に椿の花が咲いている。宿の人が言うには、今年の開花は早いらしい。
「ほらあれ、地球温暖化だから」「はぁ、そうですね。。」

九十九折の坂道を登っていくと、集落や海が一望。見下ろす海はシケシケ。初日よりも風が強いかも。それでも出発時にはこの日だけ雨の予報だったから、晴れているだけありがたいと思うことにしよう。

しばらく道路を登っていくと「さくら園」という桜の木の植林地点に到着。その先の少し下り坂を進んだところにかろうじて車が入れる幅の脇道があったので、とりあえず入ってみる。未舗装のコーガ石の砂の道。ときどき車輪が砂に嵌る。砂が白いので、なんだか雪道みたい。

PC300336_s.JPG細かいアップダウンとくねくねと曲がる砂道。ちょっと不安になりつつ、地図を見る限りどん詰まりの小道はないはずだからきっとどこかに通じているはずと先を進む。と、20分ほどしてぱっと視界が開け、石切り場に出た。
幾層かに掘り下げた跡が段々と窪地を成して、端には捨てられたザレの山。あちこちに転がっている白いコーガ石が松の木の緑や空の青さに映えてとてもきれい。なんだか日本庭園みたいにも思える。

メジャーな観光スポットである向山展望台がある方の採掘場ではなくて、たぶんもっと古い時代の採石場なのかな。採掘跡が割合こじんまりとしているので、手掘り時代の場所かも。よくわからないけど。

敷地の脇に小さな加工所の建物があった。現在でも稼動しているのかどうかは不明。いずれにしても晦日だから人がいないのは当然か。ところどころに規格外なのか、打ち捨てられた板石が積んである。
同居人が言うには「加工所の奥に人がいた」そうだけど、自分は気付かなかった。周囲にはほかに車や乗り物が見当たらなかったし、たぶん気のせいだろう。

PC300344_s.JPGここの広場はどん詰まりのようなので、来た道を引き返す。帰りは下りなので楽チン。途中で、別の採掘場に入ってみる。赤い結晶を含んだ石が多い。サーモンピンクみたいな結晶粒や、赤レンガみたいな色の結晶粒が半透明なガラス状の部分とあいまってこれはこれでキレイ。
ただ、海からの風が強くて砂埃がひどいので、ちょっと入ったところで速やかに撤退。

新島におけるコーガ石の埋蔵量は推定約10億トンだといわれている。10億トンってどのくらい? 東京ドーム何杯分? 向山丸々ひとつ分? 本州みたいに広い陸地なら山ひとつなくなってもまぁさほど支障はなさそうだけど、島というスケールで考えると、なんだかタコが自分の足を食っているような気がする。ま、10億トンもあるならそんなに深く考える必要はなさそうな気もする。

一気に坂道を下り、本村の中を散策。パン屋さんでパンを買う。お店の人は式根島からの電話を受けていて、パンを予約したいのだけど次の連絡船が出るかどうかわからないみたいな話をしていた。

PC300352_s.JPG羽伏浦や間々下や向山にはほとんど(全く)人家はないのに、本村の集落にはぎゅぎゅっと家が立ち並んでいて、路地裏みたいな小路で結ばれている。全体的に白っぽい家並みで、観光地なのに看板とかセンスの悪い屋外広告とかネオンとかがなくて、なんだかイタリアの小さな漁村みたいにも思える。もっとどぎつい感じのザ観光地かと勝手に予想していただけにちょっと意外。夏の様子はもう少し違うのかもしれないけど。

宿に戻るには前浜前の道を通るのが近いのだけど、いかんせん猛烈な風。飛沫と砂がビシビシ飛んできてとてもじゃないけど無理。なので、少々遠回りをして帰る。
風に吹かれたせいか、ぼーっとだるくてお昼ごはんを食べたら速攻昼寝。

PC300364_s.JPG昼寝から目が覚めてもまだ陽が高かったので、ひとりで間々下浦海岸をお散歩。今日はサーファーさんたちの姿がない。海岸沿いにはまたしても自分ひとり。砂浜の先にある岩場を歩く。レンガ色をした割合大きめの石がいくつかゴロゴロ転がっている。SiO2の含有率が高いらしくガラス質。つるりと滑らかで硬そう。上を見ると白い堆積岩層の上にレンガ色の大きな岩が露頭している。あそこから落ちてきたんだろうな。どうか今ここで落ちてきませんように。。

足元の悪い岩場だから、岩の下部からではなく、脇とか裏とかからなんちゃってボルダリングごっご。岩の上に這い上がるまではいいけど、クライムダウンする方がよほど怖い。今は満ち潮なのか引き潮なのかわからないけど、帰り道がなくなったら困るので、ぼちぼちと宿に戻る。



PC300390_s.JPGいったん宿に戻り、またしても露天風呂へGo。今日は風が強いので一番ぬるい浴槽はとてもぬるい。地元の方もぷらっと立ち寄ってはお風呂に入りに来る。タダだもんな。うらやましい。とっぷり陽が暮れて、月や金星や星が光りだす。きれいだなー。それにしてもナトリウム分が染み込んで、自分自身が大分しょっぱくなった気がする。






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Posted by norlys - 2009.01.09,Fri
新島2日目の記録。(前日のログで黒根港を黒浜港と間違えていたのでこっそり修正。。)

PC290181_s.JPG夜半過ぎにトイレで目を覚ましたら、風はすっかり収まり昨日の晩が嘘みたいな静寂。ところどころ雲があるけれど、良いお天気。なにより風がないのがありがたい。

朝8時過ぎにテントを抜け出して、ひとり羽伏浦までお散歩。

都立羽伏浦公園にあるコーガ石のモニュメント。ストーンヘンジ調。両脇には定番のモヤイ像。
モヤイ像とかギリシャ神殿風の露天風呂とかストーンヘンジとか、あまりにカオスで方向性が不明w いいんだけどもさ。


PC290194_s.JPG羽伏浦海岸を南の方に向かっててくてくお散歩。羽伏浦海岸は6.5Kmの長さに渡って続く白い砂浜。海岸を埋める砂はよく見ると透明なガラスビーズ状。海の底も白い砂なので、水の色がきれい。浜辺に迫るように風や浪に浸食された火山灰の断層が延々と続く。

海岸には地元の方の車が2台ほど停車。釣りスポットではないので、波の様子をチェックしにでも来たのかな。でも見渡す限り、はるかに続く白い浜辺は前を見ても後ろを振り返っても自分だけ。

←遠く先の浜辺のど真ん中になぜかコンクリート製のテトラポットが半分以上埋もれていました。なんというか、「世界の終わり」みたいな風景。
好きな人にはたまらないかも。自分はこの風景だけでご飯3杯いけます。どんぶりで(笑)。

ところどころに波で削られたまん丸くて真っ白いコーガ石が落ちている。石英の結晶粒を殆ど含まずスポンジみたいなものもあるし、気泡跡(内部の水分が蒸発した跡)が特定の方向に伸びているものとか、よく見ると色々なタイプがある。遠い昔の噴火の物理的記録。

キャンプ場に戻りテントを撤収して前浜に移動。徒歩でも30分もかからずに島の反対側に出ちゃうというのが、ほんとうに面白い。式根島もそうだけど、「島」にいることを実感できる。黒根港のそばの海岸でテトラポットに座って適当に朝ごはん。

黒根港から湯の浜露天温泉を過ぎて少し歩くと、本日のお宿、新島村温泉ロッジに到着。内装に木材をふんだんに用いた小奇麗な村営のお宿。お風呂は温泉で、立ち寄り湯も可。
どなたが設計されたのかはわかりませんが、各部屋が離れ風に独立していて面白い建築。見取り図をみるとまるで館系ミステリーの舞台になりそうな感じ。

チェックインの手続きをして荷物をデポ。レンタサイクルを借りて、いざ目的地に出発。基本的になにもせずぶらぶらするだけのつもりでも、出発前にネットで新島のことを調べていたら1箇所ぜひ訪れてみたい場所があった。白ママ断崖壁。
宿の受付で行き方を尋ねたら「今は入れないんです。昔は船で海から見学するクルージングもあったそうですが」とあっさり回答。うーむ、やはり。。

国土地理院のうぉっちずからプリントアウトした地形図を眺めて、この辺から浜辺に降りられるんじゃないかなぁ。。というところに目星をつけておいたので、心許ないながら地図とネット上に転がっていた切れ端の情報を元に自転車で探索。

1つ目はアウト。アスファルト舗装が終わり、車の轍の残る砂道をへろへろとママチャリで進んだら、次第に道幅が狭くなり、山道程度の幅になるところに烏骨鶏の群れ。ええ、なんでこんなところに烏骨鶏?? 新島おそるべし。(近くの農園で放し飼いにされているそうです)

こうなると是が非でも行きたくなるってもんで、やや意地になりつつ2つ目のポイントに向かうと、道端にぽっちりと「シークレット」という手作りの道標。「シークレット」というのは、サーフィンをする人たちの間で用いられた符牒らしい。人が多い羽伏浦から少し離れたシークレットポイント。宿においてあった大雑把な新島の地図にも、ちゃんと「シークレット」と書いてあった(道は記入なし)。なんだ、ちっとも秘密じゃないじゃんw

PC290228_s.JPG小道に分け入ると車が3台。ここに自転車を止めて、小道を歩くと、ありました、ありました。
海岸に下りるための「天国への階段」(笑)が。
(ちなみに羽伏浦海岸を延々と歩き続けても辿りつけてしまうのだけど、それだとかなり遠い道のり。この階段の存在が秘密なのはなぜなんだろう?)

いわく、「このエリアは『神ヶ森』)と呼ばれ、地元の方たちにとって神聖な場所なのでアクセスする場合は十分配慮すること」とのこと。

神聖な土地だから内緒なのか、断崖の側で万が一崩落すると危険だから秘密なのか、自衛隊のミサイル試射場に近いから不明としているのか、理由はちょっとよくわからない。(たぶん、神聖な場所だし、崩落や高波の危険がゼロではないからなんだろう)

そうえいば。お正月に実家に帰った際に、自分の部屋に残しておいた20年前の伊豆諸島ガイドブックを見たら「神見森海岸」と記載されていて(「神ヶ森」の誤記?)、浜辺に下りる道も載っていた。今の地図には地名がない。島の人は知っている。新島郷土カルタ(というものがあるらしい)にも詠まれている。新島の最南端の突端部は「神渡鼻」という名称で、この呼び名は昔も今も地図に載っている。神ヶ森だけが今の地図にない。神聖な土地だから文書に残さず口伝だけ? なんか不思議。

PC290239_s.jpgシークレットポイント。海岸蝕の断崖は遺跡みたい。
人が造ったものではないのに、古代の白亜の宮殿の遺跡にも見える。なんだこれは。

なんだろう、なんにもない。水際に打ち上げられて色褪せたくしゃくしゃのゴミ以外、現代社会の手がかりがどこにもない。すごい。ここも東京都です。念のため。

断層面は基本的に白いのだけど微妙に幾条もの筋になっているのは、堆積した火山灰の構成成分が多少異なるんだろか。また、ところどころにひと抱えほどの玄武岩系の捕獲石が混ざっていたりして、これはいったいどこからやってきたのかなぁ。

PC290241_s.JPG岩が硬ければ攀じ登ってみたいところですが(神聖な場所なので荒らしてはいけません、はい)、いかんせんモロモロ。軽く触れるだけで、ホロリホロリと崩れそう。

←魅惑的なディエードルなんですが、残念ながら見るだけ。大雨や大時化が来る度に少しずつ削られて形が変わっていくのだろうな。一期一会だなぁ。
それにしてもこんなに厚い層ができるほど、膨大な量の火山灰が降積したとは、すごい。


PC290259_s.jpg奥にちらりと見えるのは、早島(はんしま)という無人島。カンムリウミスズメの生息地。

真冬だというのにサーフィンをする人たちが何名かいらっしゃいました。すごいな。寒くないのかな。
しかしよく考えたらサーファーの方がクライマーよりよほど自然にやさしい存在なのかも。波は消えるけど、踏み跡は残るからね。

浜辺には色々なものが漂着していました。靴とかタイヤとか。椰子の実もひとつ。圧倒的に多いのはペットボトル。それだけ丈夫だということなのかな。ほとんど日本のものだったけど、中には韓国や中国のものもありました。太平洋側なのにな。黒潮に乗ってきたのかな。

こうして無事に(? 勝手に、か)白ママ断層壁の末端を眺めることができ、大層自己満足。自転車で来た道を戻り、再び湯の浜露天温泉へ。風がないので、島の西側にある前浜も今日は穏やか。

PC290286_s.JPG目の前に地内島。それほど多くはない新島のダイビングのスポット。ふたつの島がつながった無人島で、猿と鹿がいるのみ。けれど、餌が不足しているので鹿が海を渡って新島本村に住み着き、村の農園を荒らして困っているのだと、島の方がおっしゃっていました。

「鹿が海を渡る?」「はい」「泳いで?」「えぇ」「なんで鹿が?」「昔、鹿肉で一儲けしようと放牧した人がいたとか」「そうなんだー。。」
あっちの島なら生き延びれると考えて海を渡る、鹿の生存本能にびっくり。なにより、鹿が泳げることを知らなかった。。

この日は風がないためか、露天風呂の温度は昨日よりもやや熱め。
一番熱い浴槽はアツアツ過ぎて自分には無理。

いったん宿に戻って荷物を置いた後、今度はひとりで(まぁなにもしないために来たんだけど、それにしても寝てばかりの同居人)宿の周辺や間々下浦海岸のあたりをお散歩。

PC290300_s.JPGコーガ石が採石される向山を見上げてみる。
宿からもよく見えたけど、とても荒涼としていて良い感じ。

コーガ石の採掘場自体は上の方にあって、海岸に近いこの場所では白ママ断崖壁や間々下浦海岸と同じ火山灰層(なのかな?)が露出してます。地層のことはよくわからないのだけど、この島の起源をたどると続日本後記とか日本略記とか古代の史書が元ネタになるという点はとても興味深いなー、と。

「(向山が噴火して)新たに島が生まれたという報に対し、そういえば先日土佐のあたりで土地がなくなったので、きっと神様が土地を移したのだろうと伝えられている」とか、現実と幻想が融合したおぼろげな時代まで遡ってしまう。

PC290294_s.JPG白ママ断層壁よりも小規模だし、色味も多少黄がかっているけど、間々下浦の断崖もなかなか。

なにより夕陽が西の空と海の狭間に沈んでいく様をぼーっと眺められるのが良いです。

夏はおそらく観光客で溢れるのかもしれませんが、ほとんど人のいない冬もいいもんだな~と。
もっとも海では遊べないし、西風の強い日はちょっとたいへんだけど。



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Posted by norlys - 2009.01.08,Thu

年末の旅の記録をぼちぼちと。

年末は伊豆七島のひとつ、新島へ。
伊豆大島、式根島、神津島、八丈島は過去に訪れたことがあるけれど、新島は今回が初めて。

本当は小笠原に行こうかな~と考えていたけど、間際になって東海汽船に問い合わせたら案の定船は満席。
ご利用は計画的に(笑)。

また、当初は宿をとらずにテント泊の予定だったので通年営業しているキャンプ場がある島とか、冬場は海が荒れやすいので就航率の高い島とか、できれば徒歩やレンタサイクルで回れる(レンタカーではなく)手頃な広さの島とか、そういう諸条件で選んでいったら、新島が一躍筆頭候補に。

新島は「サーファーのメッカ」という先入観があってなんとなく行きそびれていたのだけど、冬ならサーファーさんたちや賑やかな観光客の集団もそんなにいないだろうし。。な、と。

そんな訳で、東海汽船のWebサイトで船を予約。宿代を節約する分、船旅をちょっとランクアップ。実は、調布から飛行機に乗ったほうが安かったのだと後から気付いてちょっとショック(笑)。まぁやっぱり島に行くなら旅情溢れる船旅ですよ、船。と、自分を慰めてみる。
ところが出発直前になって、ひよって宿を予約することに。ただし、運悪く到着日のみ満室。なので1泊のためにテントを担いでいくことに。もう出発前からいきあたりばったり。

出発当日の12月27日の夜、浜松町駅から竹芝桟橋へ。夏ならもう少し人が多いのだろうけど、旅客ターミナルは閑散とした様子。乗船客は釣り人さんが多いかな。サーフボードやマウンテンバイクを抱えたグループもちらほら。

PC270012_s.JPG定刻22時にかめりあ丸が出航。デッキに出て東京湾を眺める。東京タワーや晴海、お台場の夜景が一望。しばらくしてレインボーブリッジの下をくぐる。ごちゃっとした電飾ワンダーランド。昼間のゴミゴミした風景よりはキレイだけど、正直安っぽい。
週末便なので23時25分に横浜港に寄航。横浜港は海からのアプローチを考えてちゃんとデザインされているのがわかる。ターミナルもきれい。この都市デザインのセンスの違いはなんだろな。

横浜港を出てしばらくすると風が強くなってきたので、部屋に戻って就寝。夜明け頃ふと目が覚めると、ぐねぐねと船が揺れている。強い冬型の気圧配置だったので風が強いらしい。乗り物の揺れには割と強いほうだけど、さすがにちと気持ち悪い。

PC280085_s.JPG朝6時に大島の岡田港に着岸。下船完了を待つうちに、島影の向こう側の空に曙光の兆し。岡田港を離れて船が再び走り出す頃には空がすっかり白み、東の洋上からご来光。波浮の港を右手に見送ると、大島の島影を出たためにうねりが強くなる。おえっぷ。

←伊豆大島の三原山を裏砂漠方面から。

利島への就航は条件付だったけれど、うねりが強いので今回は欠航とのアナウンス。利島、御蔵島、青ヶ島のように就航率の低いところは、離島好きにとっては憧れの島(上陸できない確率も高いし、逆に帰れなくなる可能性も高いので)。

PC280094_s.JPG船室でもう一度寝こけていたら、朝8時20分過ぎに右手の船窓に島影が。あれ、右舷に島影? と、慌ててデッキに出てみると、どうやら新島のメインポートである黒根浜(前浜港)ではなく、羽伏浦港に接岸する模様。
通年オープンしているキャンプ場があるスポーツ広場に行くには羽伏浦港の方が近いので、なんかちょっとラッキー。

なんてほくほく思いながら8時半過ぎに下船したものの、港には猛烈な風が吹き抜け、潮の飛沫が飛んでくるわ、砂がバチバチ顔面に当たって目が開けられないわ、風に煽られて海に落ちそうだわ。ひー。

慌てて港に戻るとすでにタクシーは1台もなく、巡回中のパトカーが停車しているのみ。ほかにすべがないのでパトカーに駆け寄りドアにしがみつき(風が強いので)、中にいたお巡りさんに「タ、タクシーを呼んでください!!」とお願いしてしまいました。その節はほんとうに、どうもありがとうございましたm(_"_)m

PC280102_s.JPG5分ほどしてタクシーが1台港に到着。「冬は西風が強いんだけど、今日はいつもより風が強い」というドライバーさんの言葉に少しだけほっ。港からキャンプ場までは車で5分ばかり。風がなければ港からでも余裕で歩ける距離なのに、わざわざ申し訳なかったです。でも助かりました。

「そこで受付してね」とドライバーさんに言われた建物に向かうものの、入口は施錠され中は無人。ま、朝早いからまだ人が来ないんだろね、と、テントサイトに向かう。宮塚山に連なる丘陵の麓にあり、羽伏浦海岸まで徒歩10分というロケーションの良さもさることながら、ここのキャンプ場はとてもきれいに整備されていて、トイレやシャワー(水のみ。海の潮を落とすため)、炊事棟にBBQ用のコンロ、分別ゴミ箱などが完備。でもタダ。すごい。ちょっと住民税のモトがとれたような気がする(深い意味はありません)。

キャンプ場には先客さんが1組のみ。挨拶を交わし、自分たちのテント装備をデポし、炊事棟で朝ごはんの支度。朝食を済ませた後は、新島本村の中心部をぶらりとお散歩。
羽伏浦から、町の表玄関になる前浜までは徒歩で30分弱。ほとんど平坦な道なので歩きやすい。

空はすかーんと快晴でいい天気なんだけど、風さえなければ。。という感じ。
ただ、横殴りの風が吹き付けてもあまり寒くないのはありがたい。

宮塚山と向山の2つの山に挟まれた平坦地は、886年(仁和2年)に起きた向山の噴火で噴出した火山灰が宮塚山との間に堆積したのではないかと言われているそうな。向山の噴火が本当に886年かどうかはほぼ定説らしいが現在でも証明はされておらず、伊豆国が「新たに1島を生じたという」「銀岳」の絵図を朝廷に献上したという古文書の記録に基づいて考察するとどうやら新島近海で噴火があったのは間違いないんじゃないか。。ということらしい(古文書の文献は残っているものの、「銀岳」の絵図は残っていないとかetc. 。。ということを、宿にあった新島の歴史の本で読みました。面白いですな))

なるほど、それで新島というのかと合点。でも、もうかれこれ約1100年以上前の記録が未だに名前に残っているというのもすごい。いつまでも新しい、永遠のヤング。

宮塚山の「宮塚」とはいわゆる「古墳」のことかな。おそらくは遠い昔に島外の人がもたらした名前、なのかな。で、宮塚山の向かい(集落を挟んで反対側)にあるから向山(むかいやま)で、宮塚山の奥(北東)にあるから阿土山(あっちやま)。シンプルで即物的で好きです。こういう地名。

PC300348_s.JPG道の両側には新島特産のコーガ石(抗火石)で造られた家や塀が続いていて、この島独特の景観。明治初期以降、火事の延焼を防ぐために木造ではなくコーガ石を用いるようになったとか。

←コーガ石ブロックで造られた家。一見軽量コンクリートにも似ているけどより深い趣がある。夏の陽射しならもっと白く輝くんだろうな。

コーガ石は黒雲母流紋岩。学名は石英粗面岩。成分の約80%がシリカ(二酸化ケイ素)、約15%がアルミナ。多孔質の溶岩(いわゆる軽石)で、鋸で切れるほど柔らかく、発泡性なので軽くて水に浮くらしい(良質と分類されるもの。神津島や天城山のコーガ石は比重が重いのと埋蔵量が少ないらしい。でも新島でも比重の軽い良質のコーガ石はもう少なくなってきたのだとか)。

PC280107_s.JPG非晶質のガラス繊維が主体で、飴細工みたいな石。石板を叩くとカンと澄んだ金属質の音がする。極めて小さい石英と黒雲母の結晶粒が含まれていて、風化しているものはさらさらさらと結晶粒が零れてくる。これが新島の白い砂浜の元。

あっという間に集落を抜けて前浜に出る。観光客はおろか町を歩く人自体ほとんどいない。浜辺はやっぱり風が強くて吹き飛ばされそう。防波堤に豪快な白波がぶつかっては砕ける。そんな荒れた海でも水の色がきれい。沁みる。。


PC280119_s.JPG海岸沿いの道端にはコーガ石を彫ったモヤイ像(渋谷駅南口にあるアレ)が並んでいて、なんか不思議な風景。切り出した状態とか自然な造型のままでいいんじゃないかと思うんだけど。まぁいんだけども。

←並び立つモヤイ像より断然グレイトなコーガ石で覆われた公衆トイレ。中は極めて普通だしキレイ。アルパインだとしたらII級程度(中は覗けませんよ)。コーガ石はガラス質なので結構手に痛い。

海岸沿いにてくてく歩くといつの間にか黒根浜に到着。今日は船が島の反対側の羽伏浦に接岸したし、海が荒れているので新島と式根島を結ぶにしき号も出航を見合わせたのか、島のメインポートも閑散としている。ラッキーなことに島の人に拾ってもらい、車で富士見峠や若郷の集落を案内していただく。車じゃないと遠くてなかなか行けない場所だけにうれしい。本当にありがとうございました。

PC280136_s.JPG←富士見峠から。式根島、神津島が見えました。

「隣村にも行ってみる?」と島の人に問われて、「隣村?」と尋ねると「若郷」とのこと。あぁ、なるほど。若郷は浜に開けた西側を除き、三方を山に囲まれた小さな集落でした。玄武岩質の黒い岩肌が路頭していて、脆そうだけど登れそうな気もする。それに脆いといってもコーガ石よりは硬そう。

もともとそのつもりで水着を仕込んであったので、島の案内の最後に湯の浜露天温泉で降ろしてもらう。浜辺にある無料の露天風呂。24時間いつでもタダでお風呂に入れます(要水着着用)。

中途半端な時間だったので貸切。ここの温泉の泉質はナトリウム-塩化物強塩温泉だそうで、すごくしょっぱ苦い。にがりみたい。海の水をさらに濃縮した感じ。

PC280149_s.JPGここの浴槽やギリシャをモチーフにした神殿(なぜ神殿?)もコーガ石。石の階段を上がって神殿部分に行ってみたけど、オフシーズンのためか空でした。残念。

小さく仕切られた石造りの浴槽が4つ。一番上が一番熱くて順々に温くなる。それと別に、足湯がひとつ。源泉かけながしだけど、温度が高いので加水している。それでも一番上はアツアツ。

風が強い日だったためか、一番下の浴槽はほどよくぬるめで、ざぶんざぶんと砕ける波飛沫を眺めながら1時間以上も入っていた(ナトリウム分が強いのでたぶんそんなに長湯をしないほうがよいかも)。
お湯から上がったあともずっとぽかぽかと温かくて湯冷めしない。いいお湯でした。

PC280152_s.JPG←手前が温泉、真ん中が海、その上が空。寄せては返す波のリズムが心地良くて、ぼけ~っとするのに最適。

来た道(島の方いわく「山の道」)とは別の、平らな道を歩いて羽伏浦浜に戻る。道の途中にスーパーがあったので立ち寄る。生鮮食料品や日用雑貨などたいていのものが揃っている。お菓子などは定価販売のものが多いのでちょっと高いかなという印象だけど、べらぼーというほどでもない。
船の自販機で買ったビールが1本のみだったので、追加でお酒を購入。

ぷらぷらと歩いて羽伏浦のキャンプ場に戻る。夕陽を背に受けて島の反対側へ。山の麓は緑が濃くて、鬱蒼としている。相変わらず風が吹いているけど朝よりは少し穏やか…かな。

炊事棟でラーメンを作り、ビールで乾杯。いつの間にか陽が落ちて、空には満点の星。
ヘッデンを灯してぷらりとひとり羽伏浦の浜辺までお散歩。羽伏浦側には家がほとんどないし、風の強い冬の夜の浜辺にわざわざ来る人もいない。

ここにもコーガ石の石像が並んでいて、NHKのキャラクターである「どーもくん」の石像が薄暗がりの中でひときわ怖い、すんげぇ怖い(笑)。ふと遠くを見ると草原の中に緑色の目が光っていた。なんだろ、動物かな? なんか奇妙な感じがして街灯のあるメインゲートの方に戻る。振り返ると緑色の光は海の方に移動したらしく、でもまだこっちを見ている。

さっきはヘッデンの灯りを反射したのだろうと思ったけど今回は直射していなし、夜の山道で出会う小動物の目の反射とは違って蓄光塗料みたいにぼーっと光っている。ひー、なんか怖い…。怖かったので、来たときとは別に街灯の点る道路を経由してキャンプ場に戻った。あれはなんの動物だったんだろう。。

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