Norlys(ノールリース)-日々のあれこれ
Posted by norlys - 2009.09.17,Thu
奥只見周辺に行く計画があり、人造ダム湖である田子倉湖のことを調べていたら、Wikipediaの項目に、曽野綾子氏の著作「無名碑」が田子倉ダム建設当時を題材に扱っていると記されていました。
ほうほう、これは…と、検索してみると、(財)日本ダム協会のダム便覧のページがヒット。
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ダムの書誌あれこれ(6)~小説を読む〔下〕~
《②-2ダム建設に挑む技術者たちの人間性を追求した作品(その2)》
曽野綾子の『無名碑』(講談社・昭和44年)は、土木技師三雲竜起が田子倉ダムをはじめ、名神高速道路、タイのアジア・ハイウェイ-の建設に挑んだ物語である。娘を亡くし、妻の狂気に悩み、過酷な自然条件と闘い、ライフ・ラインの建設に立ち向かう土木技師の誠実な、孤独で生きる男の姿を描いた大作である。本書のオビに「土木技師三雲竜起の造る巨大な碑にその名が刻まれることはない」とある。このことから『無名碑』の題名となったのだろう。施工業者の前田建設工業(株)の協力によって、著者は、只見川の田子倉ダム、名神高速道路、タイのランパ-チェンマイ・ハイウェイ-第2工区の現場まで足を運び、取材された。
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Amazonで書名を検索するとどうやら文庫本はすでに絶版のようで、仕方ないので中古の上下巻をポチリ(上巻は定価より送料より安かったけど、下巻は定価の倍以上。いったいどういう市場原理??)。
そうしたら下巻だけとっとと先に届き、未だ上巻は届かず。まぁいいんだけども。
で、上巻を待たずに下巻をちら読みし始めたら、これが面白くて一気に全頁読了…。
1960年代半ば、ミャンマーとの国境に近いタイ北部の小さな村、サラメタに高速道路を建設するために派遣された日本の中堅ゼネコン企業に勤める土木技師である主人公・三雲竜起。異国の地での高速道路建設における様々なトラブルと、主人公の周囲の人間関係が丹念に克明に描かれていて、ずっしりと濃密な内容でした。
ちなみに、田子倉ダム建設の話(と名阪高速道路建設の話)はどうやら上巻で完結してしまっており、下巻はタイでのアジア・ハイウェイ建設のお話でした。う~…田子倉ダム、出てこないじゃん…。
田子倉ダムや奥只見ダム周辺は険しい山と谷が続き、1年の半分は雪に覆われる土地。田畑を耕しながら狩猟や採取に従事していた当時の人たちがどこまで山を分け入っていたのか、ほんの少しでもいいから手がかりがあればいいな…と思ったのだけど。
まぁタイ編を記した下巻は、いわゆる続き物としての下巻ではなく、どちらかというと独立した1冊の本として扱ってもいいんじゃないかと思うほど完結していたので、それはそれでいいいのですが。
暑くて熱くて泥と砂埃にまみれていて、甘くて酸っぱくてねっとりと腐敗した匂いに満ちていて、どこからともなく人が集まり喧騒が途絶えない土地。無邪気な笑顔を見せながら金品を要求しあるいはくすねる現地の人たちとのままならない交流。日本人社員同士の反目やわだかまり。建設コンサルタントとの軋轢。遅々として進まない現場。
「建設中の道路はアジア・ハイウェイのビジネスルートに組み込まれ、将来的にロンドンまで繋がる」という日本から来た省庁の技師が伝えた一言が、清涼な一陣の風となって現地日本人職員たちに希望を与えたわずか数ページの部分を除いては、ひたすら「暑さ・喧騒・怠惰・賄賂・腐臭」。これがもうゲップがでそうなほどエンドレス。
赴任当初に掲げていた熱意や、各個人が矜持としてきた職業上の理念や倫理や社会的道徳や、瞬間的に湧き立つ行き場のない苛立ちさえも、異国の熱帯の熱にぐずぐずと解けて甘く腐り落ちていく-そんな日本からやってきたゼネコン社員さんたちの心情の描写が壮絶。
「それでも道はいつか完成するだろう。でもいったいいつまでこんな日々が続くのだろう。」
主人公をはじめとする現地邦人駐在員の方たちの胸中の声が聞こえてくるような。
各種のトラブルに右往左往されながらも淡々と職務に忠実に勤める主人公の姿は、アクの強い上司や同僚や在タイ邦人や現地の人々と較べると、ある意味、彼らを映し出すためだけのスクリーンのよう。価値観の異なる異国においても、理想に走って誤ることなく、理想を捨てて腐ることもなく、冷静な視線で他者を観察し、努めて共感し可能な限り受容する。
ある意味典型的で模範的な日本人土木技師である主人公を突然襲う悲劇。救いのない結末(ネタバレなしで)。
「それでも道はいつか完成するだろう。道は街と街を結び、その上を人々が行き来するだろう」
そんな情景を瞼の裏に描き理想を形にするために職務に励んでいた主人公の姿を思い返さずにはいられません。
社会的基盤構造物もまた、長い長い地球の歴史の中においては賽の河原の石、かもしれない。
それでも、様々な犠牲を礎として築かれ、形として残り、受け継がれていくことへの願い。携わったものの名を刻むことなく聳え立つ、無名碑。
と、最後まで読み終えて本を机に置いた瞬間、ふっと、精神が破綻した妻との生活の中で、彼も次第に蝕まれてしまったんじゃないか? もとより、主人公もまた静かに狂っていたんじゃないか? と思い、ちょっとぞっとしました。
あらゆる事象を真っ直ぐに見透かすと信じていた透明なフィルターが、実は歪んでいたのだと初めて気づく、そんなちょっとした衝撃。
なにが正しくてなにが間違っているんだろう、誰が正気で誰が狂っているんだろう…鉄筋やコンクリートやアスファルトでできた巨大構造物の物静かさと比べて、人間はなんて卑小で猥雑で湿っぽいんだろう。
ううむ、なんという重厚なヒューマンドラマ。深い、深いですぞ(ムック調)。
ダムや高速道路の建設現場だけではなくて、人間を描いた小説だったんですね。というか、最初からそうなのか。うん、そうだ。
ダム、高速道路=税金の無駄遣い、ゼネコン=悪徳企業と脊髄反射しがちな方にこそぜひご一読いただきたいものです。まぁ公共事業のすべてが公正で必要であるとは決して思いませんが。。
で。このアジア・ハイウェイ建設プロジェクトの話は2004年10月にNHKのプロジェクトXで「アジアハイウェイ ジャングルの死闘」として放送されたそうな。
自分はこのプログラムを観ていないので、ネットであれこれ検索してみたら、大東亜戦争でインパール作戦に参加した日本人未帰還兵で現地に長く住んでいた故藤田松吉氏が現場監督として加わり、現地の言葉や習慣に詳しい藤田氏が現地作業者を掌握し指揮することで建設作業が一気に進捗したのだとか。
藤田氏は一時は日本への帰国を願い資金を貯めたものの、結局は貯めた資金を元手として戦地で斃れた日本人兵の遺骨収集と慰霊塔の建立に投じ、2009年1月にタイで天寿を全うされたそうです。
(藤田氏の経歴については、往年の藤田氏に直接お会いされた映画監督の松林要樹氏のblogのエントリを参考にさせていただきました。)
無名戦没者を弔う碑。これもまた別の形の無名碑でしょうか。
ほうほう、これは…と、検索してみると、(財)日本ダム協会のダム便覧のページがヒット。
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ダムの書誌あれこれ(6)~小説を読む〔下〕~
《②-2ダム建設に挑む技術者たちの人間性を追求した作品(その2)》
曽野綾子の『無名碑』(講談社・昭和44年)は、土木技師三雲竜起が田子倉ダムをはじめ、名神高速道路、タイのアジア・ハイウェイ-の建設に挑んだ物語である。娘を亡くし、妻の狂気に悩み、過酷な自然条件と闘い、ライフ・ラインの建設に立ち向かう土木技師の誠実な、孤独で生きる男の姿を描いた大作である。本書のオビに「土木技師三雲竜起の造る巨大な碑にその名が刻まれることはない」とある。このことから『無名碑』の題名となったのだろう。施工業者の前田建設工業(株)の協力によって、著者は、只見川の田子倉ダム、名神高速道路、タイのランパ-チェンマイ・ハイウェイ-第2工区の現場まで足を運び、取材された。
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Amazonで書名を検索するとどうやら文庫本はすでに絶版のようで、仕方ないので中古の上下巻をポチリ(上巻は定価より送料より安かったけど、下巻は定価の倍以上。いったいどういう市場原理??)。
そうしたら下巻だけとっとと先に届き、未だ上巻は届かず。まぁいいんだけども。
で、上巻を待たずに下巻をちら読みし始めたら、これが面白くて一気に全頁読了…。
1960年代半ば、ミャンマーとの国境に近いタイ北部の小さな村、サラメタに高速道路を建設するために派遣された日本の中堅ゼネコン企業に勤める土木技師である主人公・三雲竜起。異国の地での高速道路建設における様々なトラブルと、主人公の周囲の人間関係が丹念に克明に描かれていて、ずっしりと濃密な内容でした。
ちなみに、田子倉ダム建設の話(と名阪高速道路建設の話)はどうやら上巻で完結してしまっており、下巻はタイでのアジア・ハイウェイ建設のお話でした。う~…田子倉ダム、出てこないじゃん…。
田子倉ダムや奥只見ダム周辺は険しい山と谷が続き、1年の半分は雪に覆われる土地。田畑を耕しながら狩猟や採取に従事していた当時の人たちがどこまで山を分け入っていたのか、ほんの少しでもいいから手がかりがあればいいな…と思ったのだけど。
まぁタイ編を記した下巻は、いわゆる続き物としての下巻ではなく、どちらかというと独立した1冊の本として扱ってもいいんじゃないかと思うほど完結していたので、それはそれでいいいのですが。
暑くて熱くて泥と砂埃にまみれていて、甘くて酸っぱくてねっとりと腐敗した匂いに満ちていて、どこからともなく人が集まり喧騒が途絶えない土地。無邪気な笑顔を見せながら金品を要求しあるいはくすねる現地の人たちとのままならない交流。日本人社員同士の反目やわだかまり。建設コンサルタントとの軋轢。遅々として進まない現場。
「建設中の道路はアジア・ハイウェイのビジネスルートに組み込まれ、将来的にロンドンまで繋がる」という日本から来た省庁の技師が伝えた一言が、清涼な一陣の風となって現地日本人職員たちに希望を与えたわずか数ページの部分を除いては、ひたすら「暑さ・喧騒・怠惰・賄賂・腐臭」。これがもうゲップがでそうなほどエンドレス。
赴任当初に掲げていた熱意や、各個人が矜持としてきた職業上の理念や倫理や社会的道徳や、瞬間的に湧き立つ行き場のない苛立ちさえも、異国の熱帯の熱にぐずぐずと解けて甘く腐り落ちていく-そんな日本からやってきたゼネコン社員さんたちの心情の描写が壮絶。
「それでも道はいつか完成するだろう。でもいったいいつまでこんな日々が続くのだろう。」
主人公をはじめとする現地邦人駐在員の方たちの胸中の声が聞こえてくるような。
各種のトラブルに右往左往されながらも淡々と職務に忠実に勤める主人公の姿は、アクの強い上司や同僚や在タイ邦人や現地の人々と較べると、ある意味、彼らを映し出すためだけのスクリーンのよう。価値観の異なる異国においても、理想に走って誤ることなく、理想を捨てて腐ることもなく、冷静な視線で他者を観察し、努めて共感し可能な限り受容する。
ある意味典型的で模範的な日本人土木技師である主人公を突然襲う悲劇。救いのない結末(ネタバレなしで)。
「それでも道はいつか完成するだろう。道は街と街を結び、その上を人々が行き来するだろう」
そんな情景を瞼の裏に描き理想を形にするために職務に励んでいた主人公の姿を思い返さずにはいられません。
社会的基盤構造物もまた、長い長い地球の歴史の中においては賽の河原の石、かもしれない。
それでも、様々な犠牲を礎として築かれ、形として残り、受け継がれていくことへの願い。携わったものの名を刻むことなく聳え立つ、無名碑。
と、最後まで読み終えて本を机に置いた瞬間、ふっと、精神が破綻した妻との生活の中で、彼も次第に蝕まれてしまったんじゃないか? もとより、主人公もまた静かに狂っていたんじゃないか? と思い、ちょっとぞっとしました。
あらゆる事象を真っ直ぐに見透かすと信じていた透明なフィルターが、実は歪んでいたのだと初めて気づく、そんなちょっとした衝撃。
なにが正しくてなにが間違っているんだろう、誰が正気で誰が狂っているんだろう…鉄筋やコンクリートやアスファルトでできた巨大構造物の物静かさと比べて、人間はなんて卑小で猥雑で湿っぽいんだろう。
ううむ、なんという重厚なヒューマンドラマ。深い、深いですぞ(ムック調)。
ダムや高速道路の建設現場だけではなくて、人間を描いた小説だったんですね。というか、最初からそうなのか。うん、そうだ。
ダム、高速道路=税金の無駄遣い、ゼネコン=悪徳企業と脊髄反射しがちな方にこそぜひご一読いただきたいものです。まぁ公共事業のすべてが公正で必要であるとは決して思いませんが。。
で。このアジア・ハイウェイ建設プロジェクトの話は2004年10月にNHKのプロジェクトXで「アジアハイウェイ ジャングルの死闘」として放送されたそうな。
自分はこのプログラムを観ていないので、ネットであれこれ検索してみたら、大東亜戦争でインパール作戦に参加した日本人未帰還兵で現地に長く住んでいた故藤田松吉氏が現場監督として加わり、現地の言葉や習慣に詳しい藤田氏が現地作業者を掌握し指揮することで建設作業が一気に進捗したのだとか。
藤田氏は一時は日本への帰国を願い資金を貯めたものの、結局は貯めた資金を元手として戦地で斃れた日本人兵の遺骨収集と慰霊塔の建立に投じ、2009年1月にタイで天寿を全うされたそうです。
(藤田氏の経歴については、往年の藤田氏に直接お会いされた映画監督の松林要樹氏のblogのエントリを参考にさせていただきました。)
無名戦没者を弔う碑。これもまた別の形の無名碑でしょうか。
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Norlys(ノールリース)。極光、いわゆるオーロラ。雪の降る季節と雪の降る景色がすき。趣味は編み物。週末は山を散策。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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