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Norlys(ノールリース)-日々のあれこれ
Posted by - 2026.09.21,Mon
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Posted by norlys - 2007.05.11,Fri
5月10日の夜7時から、 渋谷のモンベルでプロクライマーのStefan Glowacz (シュテファン・グロヴァッツ)氏のスライドショーが行われたので、行ってみた。

今週はかなりのんびりペースなので、当日に思い立って行ってみようかと思いつくも、予約制ということであわてる。ダメもとで電話で問い合わせたら、あっさりOKだったので、ほ。

せっかく少し早めにお店に到着したので、ガスやシャツやらをあれこれ物色していたら7時ちょっと前とぎりぎりの時間に。
慌てて会計を終えていざ5Fのイベントホールに向かわねばとエレベータを待っていると、ちょうど山の会のNさんと合流。今回のイベントはNさんに教えてもらったもの(感謝)。山の会からは、そのほかにも2名、計4名が参加。
070510_204256.jpg
実は。。。畏れ多いことに、わたしはこのイベントに臨んでもなお、シュテファン・グロヴァッツ氏のことをほとんど知らなかった。
いつだかのRock&Snowで紹介されていたような気もするけど、違うかもしれない。なにしろカタカナの長い名前を覚えるのは苦手でして。。

以下、モンベルのサイトからグロヴァッツ氏のプロフィールを転載↓(モンベルさん、ごめんなさい。見逃してやってください)



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●シュテファン・グロヴァッツ氏プロフィール

20歳の時にプロクライマーとして活躍し始める。当時、クライミングコンペの頂点の大会「Arco Rock Master」で3度の優勝を飾る。1987年、写真家Uli Wiesmeierと世界中を旅しながらクライミングを紹介した「Rocks around the world」の製作の為に来日する。
近年は辺境の地でのビッグウォールクライミングに注目しており、南極、バフィン島、グリーンランド、パタゴニアに足跡を残している。
1987年に来日した際に長野県小川山に初登された「Ninja」は20年後の今でもまだ3登しかされていない。当時から彼の天才的なクライミングは世界中から注目されていた。
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モンベル渋谷店の5Fにつくと、割合こじんまりとしたスペースに椅子が並んでいて、半数以上が埋まっていた。シュテファン・グロヴァッツのスポンサーであるRed Bullのドリンクを頂戴し、空いている席に座る。
(最終的には用意された椅子がほぼ埋め尽くされた。当日予約でも入れてよかった。。)

シュテファン・グロヴァッツ氏が会場に登場。
さすがプロクライマー。日に焼けて、強靭でしなやかそうで一切の無駄のないボディ。
1965年5月22日生まれだそうなので、まもなく43歳になるグロヴァッツ氏だけど、はしばみいろの巻き毛とアイスブルーの瞳のせいか、まるで少年のようなシャイな笑顔。

シュテファン・グロヴァッツ氏は、若干南ドイツの方言が混じった柔らかい英語で、スライドを紹介する。

スライドショーは3部構成だった。

1) グロヴァッツ氏のプロモーション用 ショートフィルム ("The Race" 、グロヴァッツ氏のサイトでも公開されていました)
2) グロヴァッツ氏の経歴、スイスアルプスの岩峰 „Letzte Ausfahrt Titlis“ルート開拓のフィルム
3) バフィン島(カナダ北部の北西地方)にあるMt. Harrison Smithへのエクスペディション、パタゴニアで3年をかけてRobert Jasper氏と共に開拓した "Vom Winde verweht" ("Gone with the Wind") ルートの様子

冒頭のショートフィルムでは、一切の確保もなく、フリーソロで垂壁を登っていく。えええー、まじですか?とあせったが、後ほどこのフィルムはフィクションで、確保あり&フリーで登った様子を編集したものと聞き安堵した。

圧巻だったのは、第3部のエクスペディションのフィルム群。
極地にあるクライミングエリアに到達するために、できるだけ人力で(カヌー、スキー、徒歩)現地に赴くという彼なりの哲学に基づいた冒険のドキュメンタリー。

カヌーで移動しながら3回にわけて100km先の岩場を目指すとか、これまた100km先のパタゴニアの最果ての岩場を嵐による停滞をよぎなくされつつも3回往復しながら目指す、とか。
いずれも物資の移送だけで2週間半を費やしたそうな。

物資を運び終えたら、今度は寝る間を惜しんでのクライミング。まだ誰も登ったことのない幻の岩峰を、クライムアップしながらルートを探しながら、登る。

100kmの道のりを3往復とか、26ピッチのマルチピッチルートとか、山頂から9時間かけて嵐の中をクライムダウンとか。。。もう尋常じゃない。刺すか刺されるかなんて、吉野家コピペですらまだまだ比じゃない。

平凡な岩登りビギナーであるわたしにとっては、その場所にたどりつくことですら大冒険なのに。
なのに、「2週間半後にベストコンディションであるように、モチベーションを維持し、入念に計画を立てマネジメントを行うことが大切なんだ」とグロヴァッツ氏は言う。

会場にいる誰もが、自然と背筋をのばして、目の前の映像に吸い込まれていくようだった。そして、わたしもそのひとりだった。極地でのクライミングの映像はとても美しくて、あまりに過酷で、目が離せなかった。
映像では、当時の気温や状況、現場にいる人たちの疲労感や焦燥感、クライミング時の高度感を完全に再現することはできないけれど、再現できたとしてもわたしのような凡人には極限過ぎる体験で直視するには辛かろう。

果たして、グロヴァッツ氏の精神力の強さはいったい、このクライミングへの情熱はいったい、どこから湧き上がってくるのだろう。。

スライドショーの最後に、小川山のNinjaを登った第3番目(20年間にたった三人って)の方がご挨拶。
去年の秋のRock&SnowでNinjaをRPするまでの記録を読んだ覚えがある。あぁ、そうか、あのルートを拓いたのがグロヴァッツ氏なんだ。。

最後に質問コーナーが設けられ、オーディエンス側からさまざまな質問が飛んだ。

「クライミングが上達するコツを教えてください」という山の会のOさんの問いに、グロヴァッツ氏は「あぁ」と実に爽やかな笑顔で「それは簡単だよ」と答えた。"Climb as much as possible, with passion." (できるだけ多く登ること。情熱をもって。)

仕事を辞めて。。。とまでは言わないけどね、と冗談を交えて答えるグロヴァッツ氏には、みじんもゆらぐことのないすがすがしいまでのクライミングへの情熱がある。
氏にとって、登ることとは人生そのものなんだ、と思う。
「登ることは呼吸すること、心臓を動かすことと同じ」というロクライマー山野井泰史氏の言葉が頭をよぎる。

はー。すごいな。。。
氏の映像を見ることで、なんだろう、自分の中のなにかが浄化されたような気がするのは、気のせいなんだろか。。

最後にミーハー丸出しで、サインを頂戴した。
これを宝物?に、わたしはわたしでできることをぼちぼち頑張ろうと思う。

Stefan Glowacz 氏のサイト(いまのところ独語のみらしい):
http://www.glowacz.de/
6月6日発売予定のRock&Snowにインタビューが掲載される予定とか。
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Posted by norlys - 2007.05.08,Tue
GW後半の5月3日から5日まで、新潟の中越にある浅草岳と守門岳を登ってきました。

山の麓は桜が満開を過ぎ、水仙や菜の花が咲き乱れ、雪解け水がどうどうと流れていて、田んぼは田植えをまつばかり。。と、これぞ越後の春という風景。

連休だというのに訪れる登山客もわずかで、浅草岳では3組の小規模パーティと単独行の方が3人くらい、守門岳では単独行の方1人とご夫婦と思われるお二人の1組だけ。
とても静かな山歩きを楽しむことができました。

山の頂にはまだ2mばかり積雪が残っていて、トレースも少ないので、山頂の方角をめざしながらのルートファインディング。積雪の少ない年にもかかわらず、さすが豪雪地帯で、稜線や尾根にはセッピが張り出していてちょっと緊張する。

わたしは知らなかったけれど、「越後の山は奥深い」のだそうな。
なだらかな尾根伝いに登っていくので、息があがることなく、珍しく写真を撮りまくる余裕さえあったけれど、目前に見える山頂がなかなか近づかない。しびれを切らして雪の上を駆け出してみるけれど、あれれ、思いのほか遠い。

山頂に立つと、眼下には山、山、山の風景。ところどころ山間の平地に集落が見える。
越後の山は奥深いけれど、標高もさほど高くないので、決して人を寄せ付けぬ土地ではなくて、人と山とが寄り添いあってともにある、そんな印象を受けた。
春先という時期もあり、沢沿いには水がほとばしり、いのちの源があふれている感じがした。

the_oniga_tsura_desu_s.jpg 
浅草岳の山頂に向かう途中で右手に見えた鬼が面岳。
切り立つ爆裂火口壁が圧巻。
その猛々しい姿にみとれてしまう。うぅ、かっこいい。。

あの火口壁を登るルートはないものかとWebで検索しているけれどなかなか見つからない。安山岩火砕岩の地層で崩れやすいらしいのだけれど、あれだけ見事な節理なのだから、それなりにしっかりしているのかも。

登攀は無理としても、いつか田子倉湖畔から鬼が面山の稜線を歩いてみたいと思うのでした。

  
Posted by norlys - 2007.05.02,Wed
4/28~4/30の連休の間、尾瀬に山スキーに行ってきた。
とても気持ちの良い快晴が続き、雪もまだ2m近く残っていた。

山の鼻に荷物をデポして、3時間近くかけてヒーコラヒーコラと至仏山に登り、わずか1時間で滑り降りてくる、というのを2日間繰り返した。
1日目はムジナ沢。2日目はワル沢方面からカラ沢にトラバース。

朝晩は冷え込んだけれど、真冬に比べるとずっと暖かく、日中は陽射しが暑いくらい。
山の麓はちょうど桜が満開で、水仙、菜の花、ユキヤナギ、レンギョウも咲き誇り、春爛漫の風景だった。

尾瀬はその昔、小学校の林間学校で行ったのが最後。
山に囲まれた地形にぽっかりと空と湿原が広がって、その狭間に木道が伸びていて、人が蟻の行列のように連なっていたイメージだけは鮮明に覚えている。

ほんの少し昔、山歩きにはまった頃、あれこれ山に関するWebサイトをブラウジングしているときに、たまたま尾瀬で山スキーに行ったBlogを見つけた。西丸震哉氏という秘境探検家の著作に記された念願の尾瀬の岩塔ヶ原に行ったという内容だった。

西丸震哉氏とは何者かと西丸氏について検索を進めると、尾瀬についてのいわく話がそろりそろりと出てきた。

福島県桧枝岐村は平家の落人の集落である、とか。
(特にいわくネタではないけれど。桧枝岐村のPRにも記載されているので。)
岩塔ヶ原一体は異世界に通じるミステリースポットである、とか。
(なんでも、西丸氏は岩塔ヶ原で2度自分のドッペルベンガーに遭遇したとか。。)
尾瀬はサンカの霊場である、とか。
廃藩置県のときに、福島と新潟は尾瀬一帯を事情にうとい群馬に押し付けた、とか。
(この辺は、ナイーブな問題らしいけれど。。どうなんだろう)

ほどなくして、古本屋で「西丸震哉氏の日本百山」を入手し、そのマニアックな山セレクションにビビった。
西丸氏の挙げる百山を忠実に再現するには、いったいどれだけサバイバル能力を高めればよいのか検討もつかなかった。

至仏山山頂を目指しながら、折につけては振り返り、背後に広がる尾瀬湿原と聳える燧ヶ岳と周囲に連なる山並みを見渡しては、岩塔ヶ原はあっちだろうか、カッパ山は、瞳が原はあの辺だろうか、ニチャベッタ姫はどこにいるのだろうか。。。と何度も考えた。


lunabianca_oze.jpg
夕方、至仏山の北、ムジナ沢の頭あたりに沈む夕陽を眺めながら、シラカバの林の雪原をぽてぽて歩き、氷河期時代のカールの名残の湿原と、その向こうに凛としてある燧ヶ岳を眺めて、あらためて自然の壮大な美しさに胸をうたれた。

一時期、自分の中で尾瀬という土地があまりにも神聖な存在になってしまったので、畏怖の念ばかりが先行し、そこにいる自分を想像できずにいた。でも、実際にここに来て本当に良かった、そう思った。

こんな素敵な旅を企画してくれた山の会のかたにこころから深く感謝。







Posted by norlys - 2007.04.28,Sat
浅草橋で買ったビーズを眺めているうちに、むくむくとなにかつくりたいよという欲求が高まり、今朝急いで完成させたビーズリング。

070428_114327.jpg 取り外しが面倒だったり、重いのがいやだったりで、あまりアクセサリーは身につけないのだけど、なぜだか急にビーズリングがほしくなってしまった。

ビーズ本は持っていないので、Webで無料レシピを配布しているところを探す。
シャムロック・ガーラント さんとビーズマニアさんのところに、かなりの数のレシピがあったので、リングの編み方をつらつら眺める。

昔、それはそれは小さいころにアクリルビーズで作った思い出がよみがえる。あれはあれでチープでかわいかったなぁ、あの時自分はどうやって作ってたんだっけ。。。etc.


残念ながら手持ちのビーズのレパートリーが少なくて、いいなぁと思うレシピがあっても、特小がないとか6mmがないとか、なんか思うようにいかない。

まぁでも、なんとかなるかなぁ~と、ベーシックな作り方をあちこちのレシピで参考にしながら、適当に作る。
ビーズを広げた瞬間にFPチェコのモンタナさんと目があってしまったので、グレーブルー、アンティークシルバー、スモーキートパーズ、アンバーなんとか。。と組み合わせて編み上げる。2時間くらいで完成。

思い立ったら吉日ですぐに完成するし、色あわせが楽しいし、適度にボリュームもあるし、お手頃ビーズの組み合わせだから材料費は格安だし、。。。と、ビーズリング作りにしばらくはまりそうな予感。。

編み物もしたいけど、今日はこれから尾瀬スキーに出発。
あぁ時間がいくらあっても足りませぬ。。
Posted by norlys - 2007.04.27,Fri

昨日はお休みをもらい、健康保険や年金の手続きをしに区役所の出張所に行き、浅草橋で友達とビーズショップめぐり。夜は、前に勤めていた会社の人たちの呑み会に参加。

ビーズワークは、かれこれ10年くらい前に一時期自分のなかですごいブームだった。
でも悲しいかな、私にはどうもセンスがないので、ビーズを2、3個つないでピアス、というような簡単な作品がせいぜいだったけど。

久しぶりにビーズ、ビーズ、ビーズ。。。の店内に足を踏み入れた瞬間、あふれるビーズたちにロックオン。あれもステキ、これもほしい。。と、当初の予算を超えてあれこれ買い込んでしまう結果に。。

4f2b4292.jpeg早速ビーズを引っ張り出して、ちまちまつなげてピアスを作る。

言わないと誰もわからないだろうなぁ。。と思うけれど、いちおう桜をイメージしたもの。
空、桜、芝生と土。。。の色で、でも、またしても、ただつなげただけ ^^;。

ビーズワークに詳しい友達からのアドバイスをうけて、樹脂性のピアスパーツを購入したので、早速使用。
体調が優れないと金属アレルギー気味になるので、これならだいじょうぶかな。。と。


夜の呑み会では、前の職場の人たちが20人弱も集まって、とても楽しい時間を過ごした。

20人弱もいるのに現役生は皆無で、みんな別々の道に進んでいるけれど、まさに前の会社を代表するようなメンツが揃っていて懐かしいやらうれしいやら。
この人たちがずっと会社に残っていたなら、わたしもきっと辞めずにいただろうな。。と思った。

ほんとうにすごい人たちが揃っていた会社で、自分がその中にいるなんて夢みたいだと思っていた。
みんな会社が好きだった。わたしも大好きだった。

Time goes by... 

自ら去ることを選んだ会社だったけれど、会社に対してネガティブな気持ちはまったくないし、残っているみんなには頑張ってほしいと思う。

ただ自分はもう戻れないな、ということだけは、自分のなかでくっきりとしている。
まるで、へんなたとえだけれど、村上春樹の羊三部作の作品群を読み終えた後のような感覚。
「ストーリーは流れ、そしてもう二度とあの場所には戻れない」

今一度、またみんなと会える日がくればいいなぁ。。と思うのでした。

Posted by norlys - 2007.04.25,Wed

レンガ色のミニマフラーがとうとう完成。

首にひとまきして両端を垂らす程度で、たいした長さではないけれど、3月下旬から編み始めてかれこれ1ヶ月近くかかってようやく完成。ここのところ休日は山に岩にとでかけてばかりだったので、まとめて編む暇がなく、夜寝る前に1~2時間くらいちまちま編み続けましたとさ。
 scafe.jpg
ラミー(麻)は繊維が編み目の増減もなくひたすらまっすぐで、適当な長さで切り上げられる手軽さで、ついついマフラーばかりが増えていく。。とほほ。

さて、今度はなにを編もうかなぁ。。。

Posted by norlys - 2007.04.24,Tue

Webサイトをつらつら検索していたら、NRK(ノルウェー国営放送)のトップページに雑誌の広告ページへのリンクがあったので飛んでみる。

雑誌の名称は「BUNAD」。BUNAD(ブーナッド)とは、ノルウェーの民族衣装のこと。(英語版のWikiでの説明はこちら)
ノルウェーの、とはいっても、地方ごとに実にさまざまな特色のあるスタイルで、BUNADの特徴を見れば、どの地方の出身なのかわかるだそうな。


1d6c7636jpegBUNADは、現代でも5月17日の独立記念日や成人式のようなハレの日の衣装として着用されていて、日本の着物のような感覚かな。。と思う。

地方によってカラーや様式が異なるので、BUNADの特徴を一言でまとめるのは難しいけど、代表的なものとしてはこんな感じでしょか。

女性の場合は白いドレスシャツに黒の刺繍入りのエプロンドレス、華やかな色彩のスカーフを首や頭に巻き、金銀細工のアクセサリーで飾る。
男性の場合は、白いドレスシャツに刺繍地のベスト、腰丈の黒いジャケットを羽織り、スカーフやタイを締め、下は黒のニッカボッカと皮細工のブーツ。


その色彩の鮮やかさと、モチーフの豊かさと、ハーガンダー刺繍や金銀細工などの精緻な細工は、まさにハレの日の衣装という感じ。

アルプスの少女ハイジとか、ニルスの不思議な旅とか、スプーンおばさんを観て育った世代のせいか、ヨーロッパの民族衣装への憧れがあるのでしょか。。。BUNADの写真を眺めるだけで、なんだかわくわくしてしまいます。

雑誌「BUNAD」のWebサイトに、西ノルウェーのSunnfjord地方に伝わる民族衣装のモチーフを再現したリストバンドの編み図を発見。赤色をアクセントカラーとして用いると同時に、手首も保護・保温できて一石二鳥。
BUNADには、日本の刺し子とかこぎん刺しと同じように、防寒としての衣装の機能も満載なのです。

きっと時間をかけてつくりあげられたであろう織地とか、編地とか、刺繍とか、丹念に費やされた時間や仕事にいそしむ女性たちの姿を思い浮かべるだけで、なんだか胸がいっぱいになる。
だからこそ、寒い地方の民族衣装は美しいのだなぁ。。とも思う。

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Profile
HN:
norlys
性別:
非公開
自己紹介:
Norlys(ノールリース)。極光、いわゆるオーロラ。雪の降る季節と雪の降る景色がすき。趣味は編み物。週末は山を散策。

色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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