面倒なのでAmazonの紹介文をコピペ(をいをい)。
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日本人がいちばん知らない地域で、今なにが起きているのか? コーカサスは、ヨーロッパとアジアの分岐点であり、古代から宗教や文明の十字路に位置し、地政学的な位置や、カスピ海の石油、天然ガスなどの天然資源の存在により、利権やパイプライン建設などをめぐって大国の侵略にさらされてきた。またソ連解体や、9.11という出来事により、この地域の重要性はますます高まりつつある。だが、日本では、チェチェン紛争などを除いて認知度が低いのが現実である。本書では、今注目を集めるこの地域を、主に国際問題に注目しつつ概観する。
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初版は今年の7月で、国際情勢的にとてもタイミングよく発刊された新書。
カフカス地域の、実に複雑な民族、宗教、歴史(特に紛争の)を理解するための入門書という位置づけ。
まだ半分しか読んでいないけど、とても面白い。
内容もさることながら、構成と文章が抜群にうまい。卒なく無駄なくコンパクトに要点を抑え、図表を活用し、極力主観を排して複雑なカフカスの諸地域や周辺諸国の情勢や関係を解きほぐしてくれるので、ものすごくわかりやすい。
「主観を排し」てはいても、まったく主観が含まれないというわけではなく、著者の主観や推測等(著者以外を含む)は主に括弧書きで記されていて、事象と考察がキッチリと分離されているので、「誰がなにについてそう考えるのか」という点がとても明確。
考察に偏れば新書サイズには到底収まりきらないだろうし、あまりにレポートライクだと新書としての魅力(一般読者の興味を牽引する力)に欠けてしまうし、どこか1点に焦点を当て過ぎると全体像がかえってぼやけてしまうところをキュッと引き締める、全体的なバランス感覚のよさが際立っています。
あぁ、この著者の方はものすごく頭の良い人なんだろうなぁと、ただただ感心しきり。
まるで、おいしいミネストローネみたいな本です。
その昔、国際関係学関連の新書はこういう構成のものが多かったように記憶していますが(というほど多くの本を読んだことがあるわけではない)、一時期の新書ブーム?以降、「ワンテーマに思い入れどっぷりで薄い内容」な本が多くなってしまったように思います。
(たとえば、記述が過剰に散文学的だったりドキュメンタリータッチだったり、またはタイトル以上の内容がないとか。)
そんな、豊富な資料と冷静沈着な分析に基づいてカフカス情勢の説明が続く中、
アゼルバイジャンの地下に埋蔵された石油・天然ガス資源の利権を巡り、該当地域や周辺諸国であるロシア、トルコ、イラン、供給先となるEU諸国などが熾烈な駆け引きを展開する中、アメリカの思惑という政治的な力学によりBTCパイプライン建設の計画が進行する-というテクストに、
「地域住民にしてみれば、放牧などの仕事をしながら巡回の仕事の報酬も得られて一挙両得といえよう。」(P.120)
という一文があり、ここ、個人的に大層ツボりました。
「放牧」と「地下にパイプラインが敷設された区域へのテロ警戒警備」って、ギャップがもんのすごいんですけど。。(^□^;)
草原、羊、放牧の民・・・石油パイプライン、テロリスト・・・民族・宗教の対立、繰り返される憎悪と虐殺の悲劇、国家間のパワーゲーム。。。
あぁでも、むしろ、これが現実なんですね。
まだ読み終えていませんが、この本を読み進めながら何度も何度も考えずにはいられないこと。
・民族とはなにか(言葉や概念ではなくて)
・「民族自決」と「領土保全」という自家中毒のような矛盾について
おそらく地球外生物からの攻撃でも受けない限り、この疑問が解消される日は来ないような気がするな。。
そういえば。
チェチェン紛争に絡みプーチン批判を繰り返したことで暗殺されたと言われているロシアのジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんの命日(10月7日)に行われた追悼集会についての記事があったのは、産経と日経の2紙のみだったことを思い出しました。
Googleのニュース検索で検索しただけなので、自分が見逃しているだけかもしれませんが。
・ポリトコフスカヤさん暗殺から2年 「真実を知りたい」と姉が訴え(MSN産経 2008.10.9 09:25)
・【外信コラム】赤の広場で 繰り返される悲劇 (MSN産経 2008.10.10 03:42)
・ロシア女性記者の追悼集会 2年前、自宅で殺害 (日経ネット 2008.10.7 22:52)
巨大で強大な国家権力を社会的に監視する立場であるとして日頃「言論の自由」と声高に叫ぶ日本のマスコミさんたちなのにねぃ。。
(産経と日経は親米だからこの件を取り上げたのかもしれませんが、毎日、朝日、読売あたりは親露だからではなく、単に関心がないのだろうな。。と思う。)
ロシア人であるポリトコフスカヤさんがあまりにチェチェン民族に同情しプーチン政権に批判的過ぎたのか、それとも彼女が命がけで告発した(しようとした)ことは紛れもなく真実だったのか、それから彼女が国際社会に訴えかけた正義や人権の問題について、きちんと検証することなく過去に封印しようとするジャーナリズムなんざ、自分で自分の首を絞めているような気がするんだけどなー。
もしも時代を巻き戻せるとしたら、「テロとの戦い」というプロパガンダが世界に溢れる前に戻ってほしい。。
どうか、世界に平和を。
変なニュースだなぁ。。と。
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「旅券で携帯契約やめて」悪用恐れ… 外務省要請検討に総務省反発
関東地方の携帯電話販売店で今年7月以降、偽変造された日本旅券(パスポート)で端末を購入するケースが多発し、外務省は振り込め詐欺などの犯罪に悪用される恐れがあることから、携帯各社にパスポートを身分証明書としないよう要請する方向で検討に入った。
外務省によると、今年7月以降、関東の携帯販売店で、偽変造の疑いがあるパスポートを提示して購入するケースが14件確認されたと、電気通信事業者協会から届け出があった。
同省がパスポートのコピーを確認した結果、3冊は紛失、盗難届が出されていた。それぞれ真正パスポートの写真をすり替えた変造と判明、3冊には同じ人物の写真が張られていた。
14件は、回線が開かれ、携帯端末を購入者に渡した後で各社の審査部門が異状に気付き、既に使用が中止されたが、犯罪に使われたかどうかは不明という。
外務省旅券課は「身分確認時に偽変造パスポートが悪用されたケースの発覚は氷山の一角」と、携帯各社に身分証明にパスポートを使わないよう求めることを検討する。
一方、携帯電話不正利用防止法では、身分確認時の証明書としてパスポートの利用も可とされている。
所管の総務省は「パスポートは国際的に身分証として通用している。パスポートが証明書として使えないほど多くの偽変造品が用いられているとはいえない」(消費者行政課)と、運転免許証などと同様に偽造防止の工夫を外務省に求めている。
(MSN産経 2008.10.29 01:24)
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パスポートを身分証明書として使うなとはこれいかに。。。www
海外を旅行するときに、ただひとつ自分が日本という国に属す日本人であるということを保証してくれる強力なお守りなのに。
国や地域によっては他国と国交がなかったり係争中だったりして入国制限が厳しいところもあるけれど(そもそも入国できないとか旅行ビザですら受給困難とか)、日本国のパスポートはもんのすごいパワフルで、まさに菊の御紋。
テレビの企画で世界中各地をヒッチハイクして回る~なんて平和なネタが実現できるのは日本ならではなんだと思う(チューヤンは香港人ですが)。
とはいえ、国内でパスポートを持ち出す機会などは滅多にないよなぁ。
自分もまた、ホンモノかニセモノかを一発で見分ける自信はあまりないなぁ。。
総務省からお小言を頂戴する直前に、外務省も一応、偽造パスポート見分けようキャンペーンを実施していたようです。
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偽造パスポートの見分け方指南=振り込め詐欺対策で-外務省
外務省は28日、携帯電話会社を対象に、偽造パスポートの見分け方に関する説明会を同省内で開いた。不正取得した携帯を利用し、振り込め詐欺などで悪用されるのを防ぐのが目的。NTTドコモなど、関係者22人が出席した。
今夏以降、偽造パスポートを利用して携帯の新規契約を結ぼうとした事例が14件あり、外務省に相談が相次いで寄せられたのがきっかけ。説明会では、角度を変えると画像の色や模様が変化して見えたり、富士山と桜のすかしが入っていたりしていることなど偽物の判別方法を指南した。
(時事通信 2008/10/28 17:59)
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おお。携帯電話企業もちゃんと審査で偽造パスポートを見つけて通報しているケースがあるんですね。
総務省の言い分の方がごもっともだと思いますが、外務省の「携帯電話購入に際してパスポートを身分証明書代わりに用いないように」という対応は、一時的な緊急措置としてはアリなのかもしれないなー。。
はて、どうしたもんだろ~。。
まぁ、実際にこんな事件が摘発されています。この場合、パスポートではなくて健康保険証だけど。
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詐取の携帯電話買い受け容疑=転売、振り込め利用-古物商の男逮捕・警視庁
女子高校生らが他人名義の健康保険証を使い販売店から携帯電話をだまし取った事件で、詐取された携帯と知りながら買い取ったとして、警視庁少年事件課などは27日までに、盗品等有償譲り受け容疑で、住所不定、古物商青木努容疑者(39)を逮捕した。容疑を認めているという。
青木容疑者は1月から10月にかけ、買い取った携帯電話約1050台を業者に転売。このうち2台が4月に起きた振り込め詐欺2件に利用され、約278万円の被害が出たという。
(時事通信 2008/10/27 13:03)
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つーかさ。さっさと総務省も日本国民全員にIDカードを発行すればいいのではないの?
国内に長期滞在する外国の人には外国人カードを発給すればよろしかろ。
(ノルウェーだと外国人はD-nummerという納税者番号を取得しないと就業できない。労働し税金を納める外人は自国内にいても良い外人、というドライな契約のコンセプトでわかりやすい)
税金のムダ遣いを糾弾する一方で、国民総背番号制に積極的に反対する人がいることが、自分のようにせっかちで非合理的なプロセスが嫌いな人間にはどうしても理解できん。。
ユニークIDがあればDBがすっきりするのに、クエリーだらけの複雑怪奇なテーブル構造は嫌いなんだな。。
あっちゃこっちゃ(国の省庁、地方行政)で銘々個別にDBをメンテするなんて、それこそ税金の無駄遣いではないかと。。
まぁ、住基ネットに反対している人たちのメンツや行政を並べてみると、誰にとって不利益なのかがよくわかる。もっともIDカードのチップに個人情報を満載する必要性については自分も?な部分があるけど。
国民総背番号制は国家権力による監視社会だ~というけど、だからといって社会全体がグレーゾーンに包まれている状況というのもどうなんでしょうねぃ。
アナーキーな地球市民さんたちは、もしも国連が「国家の枠を超越して、地球人全員に平等にIDを付与しましょう」と言い出したらどんな反応をするのかな。
1. 喜ぶ 2.国連はストーカーだと非難する 3.盗んだバイクで走り出す 4.地上の楽園に引きこもる 5.火星に移住する???
ありえないことだけど(「国連」が「IDを発給する意義」などそもそもどこにもないw)、ちょっと反応をみてみたい気もする。
前評判どおり、こってり濃厚な内容でした。
ロシアの歴史、風土、文学、音楽、映画、政治、経済、国民性、宗教などをさまざまな実体験や多数の資料に基づいてあらゆる角度から語りつくす両氏の対談。
読み終えた今は、まるで大編成の楽団が奏でる長編の交響曲を聴きとおしたようなヘタヘタ感たっぷり。
それにしても。文学者である亀山氏の叙情的なロシア論と、佐藤氏の外交官であり神学者(同志社大学大学院神学研究科卒)としての怜悧な切り込みっぷりと包括的な視点の対比が、とにかくすごい。
無限に続くマトリョーシカみたい(あ、ピロシキ以外にもロシア的なモノ知ってたわw)。
両氏の対談は最終ページでばっさり終わるのだけど、そこからまた前書き(対談を前にした両氏のそれぞれの前書き)に戻って読み返すと、この本の構成の妙に唸る。こんな企画を考えた編集者もすごい。
それで自分のロシアに対する知識がピロシキ以上に深まったかというと、案外そうでもないような気がする。
もともとロシアに対する造詣が浅いからなのかもしれないけど、むしろ「人と文学と神と国家」という4声からなる主題がずっしりと胸に残る感じ。
国家とは、人間とは、神とは、善悪とは、なんだろ。。(文学については本書の中で亀山氏が持論を展開)
ロシアというテーマをなくして語れないけど、ロシアという対象を越えて普遍的で「残酷な(魂と闇の)」問題を突きつけられる気がするぞ。
両氏が熱い知的バトルを交わしているのをリアルに目前に見ているような文章の中で、突然、
亀山「大審問官型の政治家、というものをもう少し説明していただけませんか。非常に重要な示唆を含んでいるように思えるのですが、きっと読者は理解できないでしょう」(P244)
という件がでてきたときには、一瞬ギョッとしました。
こっち見んな。。と(笑
なんというか、(読み手もまた)うわぁ試されている~。。。と。
ちなみに、この亀山氏の問いに対する佐藤氏の回答は、本書のクライマックスかなと思います。
ところで。この本を読んでいる間、脳内でボロディンの歌曲「イーゴリ公」の中の「だったん人の踊り」が鳴っていました。
なんかね、すごく似ているような気がしますよ。この対談とこの音楽。
変な喩えですが。。
↓
Borodin - Prince Igor - Polovtsian dances (小澤征爾 指揮、ベルリンフィル)
つべの時間制限により曲が途中で終わっちゃいます(涙)
最後のところで、主題が草原の空に吸い込まれてすすーっと消えていくようなところがいいのに。。
ボロディンはロシアの音楽家だし、「イーゴリ公」は中世ロシアの文学なので、なるほどこれがロシアっぽさなのかな。。うーむ。。よくわらかないけど。
(踊りと合唱つきバージョンも面白い→ Polovtsian Dances )
あと、無性にプロコフィエフとかストラヴィンスキーとかのロシア音楽も聴きたい。
猛烈に転調したりくるくる変拍子に変わったりする中で、束の間の夢みたいに美しい主題がひゅるっと立ち昇って霧消してしまう淡く儚いメロディーを内包した音楽が。
(プロコのロメジュリはソフトバンクのCMでお馴染みとなりましたが、変な使い方は個人的にやめて戴きたいものです。。メロディーを聴くと脊髄反射で犬の絵が浮かぶ。。くそぅ(涙))
沢始めはついこの間だったように思うけど、1年なんてホントあっという間だな。。
土曜日の昼に出発し、入渓点近くで前夜泊。日曜日に井戸沢を遡行して中ノ沢を下降しました。
出だしすぐにあるF2(15m)ではロープを出したものの、後はすべて登れる滝。行程は短くあっという間に源頭となり、ツメも短く、登山道もよく整備されていました。下降に使った中ノ沢も、ロープを一度も出すことなく下れるなだらかな地形。
沢登りの要素がコンパクトながらもぎゅっと凝縮された癒しの沢で、日帰り遡行や沢入門に適した沢という印象でした。
今回は総勢7名、車2台に分乗してGo。食糧と焚き火セットを積んだ自分たちは先発隊だったのだけど、集合してしばらく車で走り出した後、
自分「あ。。沢靴忘れた」
あほです。いや、もはや馬鹿といっても過言ではない。。
ということで、急遽Y氏の自宅に戻り、沢靴をお借りすることになりました。ありがとうございます。申し訳ありませんでした。
そんなこんなんで予定より約1時間遅れて午後4時に那須塩原市にある深山ダムに到着。
暗くなる前にテント泊予定地である三斗小屋宿跡に行こう~と歩き出したのはよいものの、どうも地図と実際の地形が違う。
徐々に周囲も暗くなってきたので、いったん車を停めた地点まで引き返すことに。どうやら三斗小屋宿跡に続くものとは別の林道に入り込んでしまったらしい。
とうとうヘッ電歩きとなった頃、前方からLEDの灯りが3つ。こうして後発のTさんたちと無事に合流できました。
ま、結果オーライということで。
翌朝は5時に起床。まだ薄暗い中、テントを撤収し朝食。車に乗って、今度は「正しい」林道を進む。空は一面の雲で覆われているものの、低い雲ではなく雨が降ってくる気配はなし。
湿度が高いせいかちっとも暖かくはないけれどさほど寒くもない。
6時半過ぎに林道奥に車を停め、沢装備を装着。
いざ歩き出してみたものの、またしても実際の風景が地形図と違う。。
どうやら現在地の認識が間違っているらしい。。ということで分岐に戻り、再び仕切り直し。
なんやかんやで三斗小屋宿跡地に到着したのは7時過ぎ。
ネットで事前に検索した情報のとおり、未舗装の道端に苔生した石灯篭や石仏が散在。事前に収集した情報では「ミャンマーやアユタヤみたい」という形容が多かったけれど、個人的にはそうは思わなかったな。。(やっぱりジパング?)
むしろ意外だったのは、宿場の入口には多数の墓石が立ち並んでいるのに、もはや殆どどこにも人間が生活した形跡が残っていないということ。
住居などが戦火で消失したとはいえ(1868年の戊辰戦争で、だそうな)、自然災害で埋没したわけでもないのに、三斗小屋宿の歴史は極めて短く小規模だったとはいえ、まるで最初から誰もいなかったみたいな雰囲気に包まれていることが不思議でした。
(三斗小屋宿場については、こちらをご参照)
三斗小屋宿跡地から苦土川に続く林道を下り、7時半に入渓点へ。
事前の情報どおり「え、これが?」とびっくりするくらい貧相な沢相。
ガレ場を踏んで歩いていくと、目前に建造中の堰堤が1基。今回は工事用の足場を伝って堰堤を越えましたが、堰堤が完成した暁にはどうやら堰堤上からのアプローチ必須になりそう。
そのまま高巻きの踏み跡を辿り、滝の落ち口に。かなり人が入っているようで、踏み跡は階段状になっていて至極明瞭。
このF2を過ぎると、それまでガレガレだった沢の様子が一変し、開放的な明るい花崗岩の沢に。
堰堤みたいな垂壁なものや、ナメ滝、階段状と形状はさまざまだけど、いずれの滝も直登できるものばかり。できるだけ水を避けて登ったけれど、暑い夏の日にバシャバシャと水を浴びながら登るのも楽しそう。
ふと振り返ると、背後に西ボッチの稜線と沼原ダムが見える。紅葉は終わりかけのようで、笹の緑とダケカンバの幹の白さと残滓のように末端に残った薄紫色の枯葉の色彩がきれい。自分は、季節の終わりを実感させる、こんな晩秋の風景がたまらなく好きだ。
目前におそらくツメとなる笹の稜線が見える。この辺りから水流が一気に細くなり急登が続く。白煙を幾筋も上げている茶臼岳や三斗小屋温泉郷を遠望。那須湯元方面から茶臼岳のアクセスはロープウェイもあってはお手軽だけど、その反対側を訪れたのは初めてだったのでなんだか感慨深い。
井戸沢は広く開けていて明るいという点では谷川周辺の沢に似ていると思うけど、谷川よりも北に位置するためか同じくらいの標高でも笹の背が低い。おまけに踏み跡がとてもしっかりついていて、たいした藪漕ぎの労もなく10時45分に登山道に合流。
なだらかな笹に覆われた斜面の稜線によく整備された登山道が続き、向かって左手の山裾の盆地に会津の集落が見える。ここは関東と東北という大きな括りでの行政区域の境目。
流石山の山頂を踏み、一気に斜面を下って大峠へ。この時点で11時25分。
後続の人たちを待ちながら大峠で休憩しているとぽつりぽつりと登山客が現れる。以前、茶臼岳の山頂や牛首から西の方角を眺めては、あっちはなんて山深いのだろう。。と思ったことがあるだけに、これだけの人が歩いてることに少し驚く。
大峠から三斗小屋温泉方面に続く登山道を歩き、峠沢を越えて中ノ沢に到着したのは12時。
慎ましいケルンが2つ。自分も新たにひとつ追加。
(ちなみに、峠沢沿いに三斗小屋宿に続いていた登山道はすでに廃道となっていて笹がびょんびょん生えていました。踏み跡は、多少は残っていると思うけど大変そう)
今回は濡れるのを厭い、なるべく沢の端を歩いたけれど、そんな面倒なことをせずにバシャバシャ水流のど真ん中を歩いた方が楽しいかも。
いずれにせよ、沢というものは登るよりも下るほうが難しいのに、一度もロープを出して懸垂下降をすることもなく、ただただひたすら歩いて下ることのできる沢というのは面白いです。沢登りはツメと下山路で苦労させられることが多いのですが、沢を下降できるとなると行きと帰りで楽しさ2倍という感じ。
標高が下がるほどに周囲の木立の紅葉が目に沁みて美しく、秋の名残に間に合った気分でした。
←去年(2007年9月)に復元された白湯山大鳥居。
長いこと崩壊したままになっていたものを北那須ライオンズクラブの事業により復元されたそうです。
なんでも、白湯山信仰(白湯山・月山(茶臼岳)・旭岳の三山を、途中にある36ヶ所の拝所を参拝しながら上る)は出羽三山信仰(湯殿山・月山・羽黒山)を勧請したものだとか。
現在の行政上はあくまでも福島県の一部である「会津」を中心に据えると、一見関連の薄そうな山形と栃木が繋がるのは面白い気がする。(自分が歴史を知らないだけなのだが。。)
深山ダムを出て「大正村幸乃湯温泉」(日帰り入浴500円)で立ち寄り湯をし、一路帰京。
さて、そろそろ岩と雪の季節だな、と。
アイスランドでは観光客を迎えているどころではないかもしれませんが、こんなご時勢だからこそ、アイスランドに旅行に行くというのもアリなんじゃないかと。
まぁ、本当に行くかどうかはわからないけど。
アイスランドつながりで話がBjörkネタになり(新曲「Nattura」が出たね~とか)、Björkのオモシロ動画の存在を教えてもらいました。
↓
Björk talking about her TV (subtitled)
おおお、ビューク、若いな。。という第一印象はさておき、あまりに面白くて涙がチョチョ切れました。
好き嫌いは分かれるかと思うけど、自分はこういうジョークが好きなんだな。
冗談を解説するのは野暮なので、字幕を書き写してみる。
***
Hello!
It is Christmas time and I'm been sitting here by my TV.
I've been watching it very much lately because I'm on a holiday.
and... I've been seeing all those programs, about all sorts of things,
about Icelandics beeing very happy about Christmas, very gay , and also very serious and spiritual,
and also seeing Icelandic comic people making jokes, which they are very good at.
But now I'm curious.
I've switched the TV off and now I want to see how it operates.
How it, how it can, make put me into all those weird situations.
So... It's about time!
(おもむろにテレビの背面パネルを取り外す)
See.
This is what it looks like. Look at this.
This looks like a city. Like a little model of a city.
And all the houses which are here. And streets.
This is, maybe, an elevator to go up, up, there.
And here are all the wires. These wires...they realy take care,
take care of all the electrons when they come through here.
They, they, they take care of, they are powerful enough to get all the way through here.
I read that in a Danish book this morning.
And this beautiful television has put me, like I said before, in all sorts of situations.
I remember being very scared to it, because an Icelandic poet told me
that not like in Cinemas, where, the thing throws the picture from it,
just sends lights on the screen.
But, but this(TV) is different.
This is, millions and millions of little screens, who send light on you.
Some sort of electrical light. I'm not really sure.
But because there're so many of them.
In fact, you're watching very, many frames when you're watching on TV.
Your head is very busy to, to calculate and put it all together into one picture.
And... and then, because you're so busy doing that,
you don't watch very carefully what... what the program you're watching is really about.
So you become hypnotized.
So all that's on TV, it just goes directly into your brain.
And you stop judging if it's right or not.
So you just swallow and swallow.
This is what an Icelandic poet told me once.
And I became so scared to television that I always got headache when I watched it.
But then, later on, when I got my Danish book on television, I stop being afraid.
Because I, I read the truth.
That's the scientifical truth which is much better.
You shouldn't let poets lie to you.
***
さすがは現代のミューゼ。すげーよ。
こういう発想はなかったわwww
まさに、「テレビで愉快なアイスランド人がジョークをかます」のを見せつけられました。
いやはや。。。中国でのコンサートで予定にない"Declare Independents" (独立を宣言しよう)を歌い、さらには歌の途中で「チベット、チベット」と囁いて中国当局を大憤慨させておきながら、「あの歌は個人的な悩みを抱える友達への応援歌として作ったんだけど、聴いた人がそれぞれイメージを膨らませてくれてうれしいわ」とサラリとのたまうだけのことはありまする。
「詩人の嘘に騙されちゃダメ」ですね、はい。
コンビニの雑誌コーナーを眺めていたら、マガジンハウス社刊の「BRUTUS」(650号)に目が留まりました。
表紙は週刊文春と見間違うようなテイストの山のイラスト、極めてシンプルにテキスト2つ。「山特集」と「ワンダーフォーゲル主義」。
BRUTUSのWebサイトによると、
山頂を目指すことが目的ではなく、森の中を彷徨い歩くことを楽しむ「ワンダーフォーゲル」が今号のテーマ。
だそうです。
ちなみに、ワンゲルとは↓
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ワンダーフォーゲル(独:Wandervogel)は、戦前期ドイツにおいてカール・フィッシャーらがはじめた青少年による野外活動である。またそれを元にする野外活動を率先して行おうとする運動。1896年にベルリン校外のスティーグリッツのギムナジウムの学生だったカール・フィッシャーがはじめた。
* * *
19世紀後半のドイツにおいての急激な近代化に対する広い意味での自然主義の高揚を背景としている。
はじめ、フィッシャーらは男の子ばかり郊外の野原にでかけてギターを弾き、歌を歌った。そのうち、グループの緑の旗が出来たり、男の子は半ズボンに、ニッカーボッカーのようなスタイルになり、女の子も参加するようになる。 (from Wikipedia)
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もともとは、「登山」というよりキャンプなどの「アウトドア」を指していたのか。知らなんだ。
日本の場合は、たとえば山岳部とワンゲル部との活動内容に明確な差はないような気がしますが(むしろ活動主体ごとに異なるらしい)、ここでBRUTUSが提唱するワンダーフォーゲルとやらは、いわゆる「トレッキング」なのかしらん。。と、おひとつ購入してみました。
で、特集内容はこんな感じ。
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<アメリカ編>
「松浦弥太郎、世界で最も美しい道、ジョン・ミューア・トレイルを歩く」
ヨセミテとヨセミテクライマー達 (平山ユージも登場)
サンフランシスコのアウトドアショップ紹介
「エポックメイキングとなったアウトドア道具の歴史と進化。」
<日本編>
「日本の登山史と名トレイル」
アウトドア関係者さんたちが選ぶ「ワンゲル」どころ
「ロープウェイでらくらく山登り」
建築家、吉阪隆正氏 (登山家としても活躍し、山小屋を設計された日本の近代建築家)
「一度は訪れてみたい。魅惑の山小屋セレクト8軒」
「本の山」 (山関連図書あれこれ)
「山の文芸誌『アルプ』が遺したもの」
その他、アウトドアメーカーの広告連動記事。
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ほ~お。
BRUTUSの特集で描き出される山はあくまでもイチ個人のライフスタイルとの関係性にあり、「Be-Pal」のようなファミリー層を対象とするアウトドア入門誌とはこの点(子供や家族という観念が存在しない)が決定的に違います。
また、「山と渓谷」や「岳人」などの山岳雑誌(最近はほとんど購入してないな。。)とも異なり、カルチャーやファッションと山との関係という切り口も面白いです。スポーツではなく、ライフスタイルなんだ、と。
山岳雑誌がしばしば取り上げる「安全知識・技術、環境保護問題」といった人間と自然の対立というテーマがすっぽり抜け落ちていて、かといってロハス(笑)を主張するわけでもなく、あぁこれがドイツで提唱されたワンダーフォーゲルの原型なのかな。。という感じ。
たぶん日本語一語で表すとしたら、ここで語られるワンダーフォーゲルとは、「逍遥」。
(まさにWebサイトの説明どおりですね。どうも、自分はワンゲル=ガッツ登山という先入観に囚われているようで。。)
いやさ、ぶっちゃけ正直なところ、最初は「BRUTUSが『山特集』だって。ぷぷぷ」と侮っておりました。
(底意地の悪い人間なので。。)
で、「なんでトレッキング至上主義でいきなりヨセミテとクライマーが出てくるんだよ~」とひとりで突っ込んでみたり、アメリカと日本のトレイル紹介ページの後にある「ロープウェイでらくらく山登り」というページに苦笑してみたり、「一度は訪れてみたい。魅惑の山小屋セレクト8軒」というコピーに突っ伏してみたり(山小屋の形容詞に「魅惑」とは! )。。と、いくつか面白ポイントはありましたが、これはこれでアリだよな。。と思い直しました。
ただ1点、ほんとうに惜しむらくなのは、今年の夏山のシーズンはすでに終わってしまっているということ。
紅葉を愛でにロープウェーでアクセスできる場所に日帰りハイキングをするなり、低山や里山を歩くにはとても気持のよい季節ですが。。あぁ、信越トレイルを歩きたい。。
おそらくこの特集の本当の対象は、内省的な、「遠くにありて想うもの」というマインド・トリップの象徴としての「山」なのかもな。。なんて、ぽつりと考えてみたり。
ちなみに第2特集は「山とスーツ」。
雄大な山岳風景の中にポツンとクラシックなスーツ姿のお兄さんが写っているモノクロームの写真が数点。
おそらくは(いいちこ焼酎のポスターみたいに)大自然とスーツファッションという対比の妙を狙ったのだろうと思うのですが、クラシカルなスーツ姿といいモノクロ写真といい、一昔前のノルウェーの人物&風景写真を見ているような錯覚。
むしろ狙いはそっちなのかな。Let's go back to the ブリティッシュトラッドと近代登山の黎明期。。みたいな。
なんか面白い。ぐるりと環が一巡して再び廻りだすような感じ。
個人的に最近おもしろいもの。
1) 「ロシア闇と魂の国家 」
亀山郁夫+佐藤優という2大ロシア権威の対談。亀山郁夫氏は東京外語大学長で専門はロシア文学。佐藤優氏はロシア情報収集・分析のエキスパートとして活躍する起訴休職外務事務官(&文筆家)。
今日ようやく手元に入手したので、まだ読み始め。
Amazonのレビューで絶賛の嵐だったけど「ロシア文学の造詣がないと理解しにくいかも」という感じで、ちょっと敷居が高そうな。。と今まで購入を躊躇していたけれど、ロシア=ピロシキ程度の理解しかない自分でも十分おもしろい。
激動の政治的変遷を経ようとも揺るぎなくその根幹にある「ロシア」という大地(? 空気?)へのお二人の思い入れたっぷりの熱い愛情の迸りっぷりがすごい。
興味のある箇所に付箋を貼っていたら、まだ3分の1も読んでいないのにすでにして付箋だらけ。。
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2) 「伊東乾の「常識の源流探訪」」(日経ビジネスオンライン連載)
物理学博士であり東京大学大学院情報学環准教授であり現代音楽家である伊東乾氏のコラム。
従来から興味深い題材を独自の視点で論ずる内容は面白かったけれど、今年のノーベル賞を巡る「国際(とみなされている)的評価システムと国際情勢、国際的パワーバランス」に突っ込んだテーマが熱烈展開中。
無料だけど会員登録しないと読めないのが難点ですが。。
・10月10日付「日本にノーベル賞が来た理由 幻の物理学賞と坂田昌一・戸塚洋二の死」
すべてはここから始まった。。。と思えるほどに、いつもは軽妙洒脱な言い回しで怜悧な分析を展開するのに、ところどころたどたどしいくらい昂ぶった感情が画面から溢れんばかりに、ノーベル物理学賞受賞にまつわる氏ならではの率直な意見(批判、受賞者決定の裏側や思惑)を綴った内容。
・10月15日付「日本にノーベル賞を出すもう1つの理由 カビボ博士への授賞見送りと金融恐慌・研究費国際分担バランス」
前回の内容がよほど反響が大きかったようで、フォローアップを兼ねてさらに鋭くノーベル賞の裏読みを展開。
・10月22日付「ノーベル賞と戦時巨大科学の暗闘(上) アハティサーリの平和賞と冷戦核開発からグルジア戦争まで」
やっぱり取り上げましたがコレ、という感じ。授与者決定前から各方面に波紋を投げかけた「ノーベル平和賞」の裏を読み解く内容。
高度情報化社会のこのご時勢で、「正義」と「悪」の二元論を基に国際平和を断ずることはとても難しいです。ましてや「平和」を実現するには、その前に「戦わねばらならぬ」という段階が必要なのだとしたら、「真の平和」とか「万人のための正義」なんざ、残念ながら耳障りの良い戯言です(「話し合い」で解決できればいいけれど、難しいやね)。
そもそも国連とかノーベル賞とか、ローカルな政治的思想の介入しない「国際機関」という存在や「国際的基準」とか「地球市民」とやらはすべて美しい幻想なんですのよ奥様。
優れた学術的業績への正しい評価は否定しませんが、こと「平和賞」ってノーベル賞に必要なの?
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3) 「麻生首相ぶら下がり詳報」(産経新聞)
麻生首相と番記者さんたちのやりとりの詳細。おそらく新聞紙面だと一部を切り取って恣意的に取り上げられることが多いのかもしれませんが、全部を通して知るべきだと思います。
「どこの新聞社がどういう質問をしたのか」という点を明確にする意図があってか、会話の中に新聞社の社名を出したり、記者に質問の意図を質したり、逆質問をかます麻生首相。相変わらず太郎節炸裂。
弁が立つからというだけで麻生氏を評価するつもりはありません。が、単純におもしろいです。
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・10月22日昼
--夜の会合に連日行っていて、一晩で何万もするような高級店に行っているが、それは庶民の感覚とはかけ離れていると思う。首相はどのように考えるか
「庶民っていう定義を使うのが北海道新聞よく使われるのですか。僕は少なくともこれまでホテルというものが一番多いと思いますけども。あなたは今、高級料亭、毎晩みたいな話で作り替えてますけど、それは違うだろうが」
--あの高級…
「そういう言い方を引っかけるような言い方やめろって。もうちょっと事実だけ言え。事実だけ。ずーっと、日程だけでも言えるから」
--あの
「だろ」
--ホテルが…
「馬尻がいつから高級料亭になったんだ。言ってみろ。そういう卑劣な言い方だめ。きちんと整理して、ね、言わなきゃ。いかにも作り替えれるような話はやめたらいい」
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・10月21日夜
--韓国国内で対馬が自国領土だという論調が盛り上がっていて、韓国の国会議員が返還決議を出したり、対馬島内の不動産を買い占めるなどの動きが出ている。こうした動きに対しての受け止めは
「土地を買おうということに関しては、合法的に買っておられるわけでしょ? 日本がかつて米国の土地を買ったのと同じですから。ニューヨークの土地を買っていたのと同じですから。自分が買ったときは良くて、人が買ったら悪いというのが産経新聞とは。それほど偏向しているわけではないと思いますね。それが一点。それから韓国政府が、対馬があの韓国領土ということを言ったことは、過去1回もないと思いますよ」
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極左お花畑平和主義の代表格北海道新聞から、右翼愛国主義かつ米国プロパガンダの産経新聞までバサバサ斬りまくり。そら敵が増えるってもんだわwww
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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