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Norlys(ノールリース)-日々のあれこれ
Posted by - 2026.08.17,Mon
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Posted by norlys - 2008.05.01,Thu
飯豊山の山行Day1の宴会の夜からの続き。

自分たちが陣取った切合小屋の2F奥「飯豊の間」のどんつき(北側)には小さな窓がひとつ。
天気が良ければこの窓から飯豊本山を望めるのかもしれないけれど、日が暮れるまで吹雪は止むことなく、見えるものは小屋のすぐ側にある外トイレと横殴りの雪。

ふっと風の音が静まった瞬間に天候の回復を期待するものの、間もなくグオォォォ~と吹き荒ぶ風の声。
立派な造りの避難小屋の中にいるので不安はないけれど、お天気に関しては「期待するから失望する」という論理に基づいて思考停止。酔っ払ったからではありません(ビール1缶と日本酒1カップだも)。

夕方から宴会を始めて延々と馬鹿話を続け、翌朝3時半に起きてその後の行動はお天気次第ということで、ほどなく就寝。

12時頃に目が覚めて、再び眠りに就くものの、1時間起きくらいに目が覚めるのを繰り返した自分の耳に聞こえたのは、いつもグオォォォ~と轟くような地吹雪の音ばかり。
それでも、この晩トイレに起きたEさんによれば夜中一時的に吹雪が止んで星空が見えたとか。

3時半に携帯電話の目覚ましが鳴り、みな一様にゴソゴソ動き出すものの、「ムリムリ、寝よう。1時間後」と2度寝決定。
4時半頃、北向きの窓の外から「これはだめだ。小屋に入ろう」というような声が。

え? 幻聴? 

Y君その2が窓に駆け寄って外を見ると人影が2つ、とのこと。
うわ、まさか。。。

結局のところ、幻聴でも幻でもなく、前日三国小屋で見かけたパーティの方たちがちょうど切合小屋に到着されたところだったのでした。なーんだ。
パーティのみなさんは天候が落ち着き次第、飯豊山を目指すとのこと。

自分たちもいつでも出発できるように準備だけは整えておこうもそもそとシュラフから這い出て、まずは朝ごはん。

しばらくして、先ほど小屋に到着したパーディのガイドの方がお見えになって、間もなく小屋を出発されるとのこと。
ガイド氏は飯豊山域に精通していらっしゃり、天気についても「一時的な冬型で天候は徐々に回復するから」と、5時半頃に小屋を出発。

一方で、さてワレワレはどうしましょうか。。と協議を続けることしばし。
Y君その1が携帯電話で天気予報をチェック。自分のFOMAはダメでしたが、Y君その1のMOVAは辛うじて電波が1本。
川入鉱泉手前の一の木集落でも圏外だったのに。。。

最寄の地点である喜多方市の天気予報は、午前中曇りで午後から晴れ。
ん~でも、昨日の天気予報も同じく午後から晴れの予報だった罠。というわけで、天気図を見るとなんとも微妙な。。いつかは晴れるかもしれないけど、この分だと午前中はムリそうだわいな。

山頂ピストンしたところで、この天気では何も見えないしな~。
昨日の剣ヶ峰よりは楽勝らしいけど、途中に岩場があるしな~。

と、すっかりモチの下がった自分は敗退に1票。
「無茶しやがって」と思われがちな自分ですが、実はかなりヘタレでございます。

というわけで、7時少し前に小屋を出発。

ボーボーと吹き抜ける風を受けながらアイゼン装着。まずは三国小屋へ。風の強い稜線上では、今朝三国小屋を出発したパーティのトレースもすでに風雪によってぼんやり状態。早ッ。それでも心強い。

ザラメの腐り雪の上に真っ白い新雪とアラレがうっすら積もっていて、徹夜続きの後のフルメイク状態。
お肌じゃなくて汚肌ってやつ。

まぁすでに一度通った道だしトレースもあるので来たときよりは楽かな。。と思いきや、案外しんどかったです。
体力不足ヒシヒシ。。

種蒔山を下ると、ほんの少し標高が下がっただけなのにガスが薄らぎました。でも振り返った先の空はガスに包まれていて、上空をものすごい勢いで雲が西から東に飛び去っていきます。西側の谷底からもガスが吹き上がり、雪庇の端にファサーと雪煙が生じていました。
大気の対流の只中にいると、自分が実にちっぽけな存在であることをしみじみ思い知ることができておもしろいです。なんというか、湯沸し中の風呂桶に落ちた虫みたい。

あぁ、それでもきっと平地に降りたら平穏な曇りの朝なんだろなー、コレ。と思いながら雪の壁を降りたりトラバースしたり斜面を登ってはクレバスを抜けて、出発から1時間45分後に無事に三国小屋に到着。
自分たちの直後に切合小屋を出たパーティの皆さんもほぼ前後して到着。

飛び石連休の狭間の平日なので、この日は川入口から飯豊山を目指す登山客はいないようでした。結局最後まで登ってくる人は見かけなかったし。

暖かい三国小屋でほっこりと休憩。岩場は登るより下る方が厄介だよねぇ。。と小屋の直下にある剣ヶ峰のことを考えつつ、30分強休憩した後いざ下山再開。

iide_day2_umanose.JPG露出した岩の凹凸にアイゼンの爪を利かせつつ慎重に岩を下って、意外とあっけなく通過。ふ~やれやれ。
登りよりも下りの方が前方の状況が見えにくいながらも馬の背のリッジも無事に通過。馬の背の先の急斜面で雪が切れているので、クレバスを避けて雪壁を降りて巻いて、また雪壁に上がって。。と。

iide_day2_from_umanose.JPG
←三国岳からの下り途中で種蒔山方面をパチリ。名残惜しいような、でも戻るのは厭なような。。

雪壁を降りて草付きをトラバースするときに、姿勢を崩して尻もちをついた上に1回転。
すぐに止まったものの、左のお尻に青痣をこしらえました(涙
まぁ、痣だけで済んだのはもっけの幸いですが。

あちゃ。。。気が緩んだのかな。。と、反省しつつ再びリッジを歩き、雪壁を降りて草付きを少し下りて雪壁をトラバース。。。と、地蔵岳分岐手前の地点に到着し、アイゼンを外しました。

あぁ足が軽い~。幸せ。。

iide_day2_nagasaka.JPG地蔵岳をトラバースし、笹平に至ったあたりで東の空にすっきりとした青空が広がってきました。あぁ久しぶりの青空だ~♪右手の稜線の先にある三国小屋はまだうっすらとガスの中。ここはすっかり春なのに、あそこはまだ冬なんだな。。と思うとちょっと不思議。

長坂を降り始めると、ぐんぐん標高を下げていることもあってだいぶ暑くなってきやした。出発時には、インナー2枚+Tシャツ1枚+フリース+インナーダウン+ヤッケに加えて目出し帽に帽子というフル装備だったんですけどねぇ。。

下十五里を過ぎると、グサグサの腐り雪も減り、徐々に夏道登場。夏道には可憐なイワウチワが花盛り。
靴とスパッツをどろんどろんにしながら夏道を降りて、12時15分に御沢登山口に到着。

周囲にはもわっと草と土の香りが漂っていて、遊歩道の脇の小川にはごおごおと雪解け水が流れていて、もう地上は春のうららかさ。

登山道入口でオーバーパンツとスパッツを脱ぎ、フリースの帽子をキャップに替えたら、どこからどうみても春山ハイカー。

iide_day2_iwauchiwa.JPG←イワウチワ。この可憐な佇まいと淡い紅色のコンビネーションはぐっときます。フランス刺繍のモチーフにしたらきっとカワイイ。絶対カワイイ。

川入キャンプ場を経由して、途中でフキノトウを摘みながら川入鉱泉に到着したのは13時過ぎ。
川で靴やストックの泥を洗い流し、途中で「いいでの湯」に立ち寄り風呂。敷地内の桜の木が満開で、春爛漫。

「いいでの湯」はなかなか山深いところにある公共温泉施設。泉質はナトリウム-塩化物・硫酸塩泉。とても良いお湯でした。ふーさっぱり。

さっぱりした後は、今回の山行の目的のひとつでもある(これがメインという話も?)喜多方ラーメンを食べに、喜多方市内へ。Eさんオススメの源来軒でラーメンと餃子をもりもり食べました。さっぱりした汁とモチモチした麺がうまー。餃子1皿もなかなかのボリュームで、満腹満腹でした。
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Posted by norlys - 2008.05.01,Thu

飯豊の山を降りてしこたま地酒を呑み過ぎたせいで、目が開かなくなった翌朝、山の会のMLで新井氏の訃報に接しました。

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山岳スキーヤーの新井裕己さん、北アで死亡…捜索ヘリ発見

28日午前8時10分ごろ、長野、富山県境の北アルプス五竜岳(2814メートル)山頂から約300メートル下の急斜面で、群馬県高崎市九蔵町、東大スキー山岳部監督新井裕己(ゆうき)さん(32)が倒れているのを、長野県警ヘリが発見した。新井さんは既に死亡していた。

同県警大町署の発表によると、山頂付近には、新井さんのものとみられるスキー板が刺さっていた。同署は山頂付近から滑落したとみている。

新井さんは山岳スキーをするため、23日から同県白馬村から1人で入山、24日に下山する予定だった。新井さんの知人が27日夕、「新井さんのブログが更新されてない」と、同村遭難対策協議会に連絡し、28日朝から県警が捜索していた。

新井さんは、鹿島槍ヶ岳北壁などの初滑降記録を持つ、日本を代表する山岳スキーヤー。ロッククライミングにも精通し、日本山岳協会選手強化委員を務めている。
(2008年4月28日11時22分  読売新聞)
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クライミングを始めて以来購入しているRock&Snow誌の「ハードコア人体実験室」での連載において、新井氏のことを知ったばかりです。
連載では、そのずば抜けた行動力と過激なまでの実践力、飽くなき探究心や慧眼たる分析力にたびたび度肝を抜かれました。

なんちゅーすげー人がいるもんだ、と。

早すぎます。残念です。

故人の方の知己ではありませんが、いつかどこかの山ですれ違う機会でもあるだろうかと。。。いやいや、氏の狙うルートはあまりに先鋭的なので、どこまで行っても追いつけっこないっつーの。
って、目標にするにはあまりに過激すぎて、絶対に自分には無理ぽなんだけど、それでも世の中にこういうすごい人がいるんだなぁと思うだけで、なんだかワクワクするな~と、自分にとって新井氏はそういう存在でした。

Youtubeに新井氏のチャンネルが登録されています。たとえば、こういう記録。

不帰二峰・逆しの字~面ツルb


「At own riskでお願いします」-と、連載や講演記録やブログにおいて新井氏が常々繰り返されていた言葉を、今一度目にしたかったです。

謹んで哀悼の意を表します。ほんとうに、ほんとうに残念です。

***
2008/4/30 13:15 補記。
PJニュースに事故の詳細が加筆されていました。
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日本を代表する山岳スキーヤー、新井裕己さんが死亡=長野・五竜岳
長野・富山県境の五竜岳(2814メートル)に山岳スキーに出掛けていた東大スキー山岳部の新井裕己監督(32)が遭難し、28日午前、山頂東面約300メートル下の武田菱下部の沢で死亡が確認された。

長野県警大町署によると、28日午前8時12分、県警航空隊がヘリから新井さんらしき姿を発見した。即座に救助に向かったが、すでに死亡しており遺体を収容した。新井さんは斜面に向かって水平に横たわり、顔を雪面に体をくの字型の曲げて、うつぶせ状態で死亡していた。辺りには古いなだれの形跡があったが、滑降跡はなかった。

遺体の上部約100メートルの地点に片方のスキー板が垂直に突き刺さっていた。スキー板と遺体の間には、新井さんのスキーポールや手袋、ヘルメットがあった。29日にこれら遺品を新井さんの友人らが回収した。

だが、もう片方のスキー板は確認されていない。一部で「山頂付近には、新井さんのものとみられるスキー板が刺さっていた」との報道がなされたが、県警は山頂付近ではスキー板を確認していない。山頂付近から誤って滑落したのではなく、滑降中の事故と見られる。(以下略)

(PJニュース 2008/04/28 11:18、4/30 追加)
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Posted by norlys - 2008.04.30,Wed
GW前半は福島まで遠征して、飯豊山へ。
2泊3日で一の木(川入)から飯豊本山ピストンの予定でしたが、猛烈な吹雪にめげて1泊2日にて切合小屋にて引き返しました。

コースタイムはこちら
(1日目)
6:25 川入鉱泉出発 → 6:55 川入キャンプ場 → 7:00 御沢登山口 → 7:50 下十五里 → 8:10 中十五里 → 9:18 横峰小屋跡 →10:05 地蔵山分岐下 → 10:50 馬の背 → 11:10 剣ヶ峰の岩稜 → 11:20 三国小屋 (昼食) → 12:10 三国小屋出発 → 13:25 種蒔山 → 14:05 切合小屋 切合避難小屋泊
(2日目)
3:30 起床するも天候が思わしくないので2度寝。天候回復を待ちながら朝食を食べたりしてまたーり停滞。6時半ごろ、すぐには天候が回復しそうにないので下山を決める。
7:00頃 切合小屋出発 → 8:45 三国小屋 (休憩) 9:20 三国小屋出発 → 10:20 地蔵山分岐下 → 11:00笹平 → 12:15 御沢登山口 → 12:35 川入キャンプ場 → 13:15 川入鉱泉 到着

4月26日の土曜日。夜発の予定だったので、午前中は編み物をしながら、長野で行われた聖火リレーの状況をネットでライブ配信しているサイトや2chの実況スレでヲチ ( ´-`)。。。gdgdキワマレリ。ふぅ。。

一方で、聖火リレーの同日に、チベット騒乱の犠牲者(チベット人と漢民族の両方)への追悼法要を執り行った善光寺のお坊さんのお言葉に思わず目から汁。

ご苦労をね、皆さんされている中でね、
よくその清らかな心を保って、今日までお越しになられたと思います。
とても難しいことだと思います。

色んな目に会いますとね、悔しい気持ちとか憎む気持ちとかでね、
心が変わってしまって、濁ってしまって、顔が変わってしまって、
願いも変わってしまいますね。
でも、皆様方そうじゃないですね。
まだまだ清らかな心で優しい心をお持ちになってて、
それで努力されていらっしゃいますから、
さらに尊いことで、さらにご苦労だと思います。
皆様がたのお姿をとおして私たち日本人も今回いろんな事を学んだと思うんです。
これからのご縁だと思います。よろしくお願いします。

道徳を説き精神的な拠りどころとして機能する分には、宗教の存在も悪くないな。。と思いました。

て、のっけから飯豊山登山とは話がズレてますな。はは。

まぁ、飯豊山も周辺地域の人々にとって長い間山岳信仰の対象たる霊峰で、明治時代の廃藩置県の際には福島県と新潟県が争い、川入から飯豊山を経て御西岳に至る参道のみ福島県喜多方市に属することで決着したという不思議な場所ですので、「人と信仰」という意味では通じるものが。。あるかな。。?

さて、聖火リレーもつつがなく終了し(皮肉ですよ)、バタバタと荷造り開始。ピッケルをもっていくかどうかを最後まで迷いつつ、結局アイゼンとストックだけで行くことに。

夜8時前にJR宇都宮線の久喜駅で集合。一路東北道で北上し、郡山JCで磐越道に入り会津坂下ICで高速を下車。道に迷いながらも下道をひた走り、なんとか12時過ぎに川入に到着。

途中の林道で、イタチ?、テン?、タヌキなどの野生動物に続々と遭遇。か、かわいい。
野生生物さんたちも藪を漕ぐよりは道路を歩く方が楽なんでしょかね。

当初は川入キャンプ場に車を停める予定でいたのですが、今年は雪が多かったためでしょうか、川入鉱泉の民宿街から先は小型ブルドーザが道の真ん中に鎮座して立入禁止でした。うお。

翌朝は4時半に起床。のんびりと身支度を整えていると、ちょうど渓流釣りの方が「そこの分校の駐車場に車を停めるといいよ」と助言をくださったので、現在は廃校となり民俗資料館として活用されている旧分校の校庭に停車。地元の方や他県ナンバーの車が他にも3台ほど駐車中。GWとはいえ、休日の少ない前半なので、あまり人は多くないのかもね、そうだといいね、と話しつつ準備。

どんよりと雲が垂れ込め、霧雨が降る厭な天気。それでも天気予報では午後から回復傾向とのことだったので、期待を胸に歩き出し。と、いざ歩き出したとたんに雨脚が強くなったので、ヤッケを着こんで再度出発。

iide_day1_kawairi.JPG昭文社の山と高原の地図によれば、川入鉱泉から川入キャンプ場までは50分の道のりとのこと。道は概ね除雪が完了しているものの、ところどころに雪の塊が転がっていて、たしかに乗用車は入れそうにないや。
1日の工程がその分長くなるのでついてないなぁ。。と思っていたものの、川入鉱泉の集落から30分ほどで川入キャンプ場に到着。

御沢登山道入口周辺は腐った雪が残っていたものの、登山道に入るとぬかるんだ夏道が露出していました。倒木も多いし、えぐれているところもそのままなので、まだそれほど登山客が入っていない模様。
標高500mを過ぎた辺りからはすっかり雪道になり、長坂の尾根を登る間にどんどん雪が深くなり、残雪期というよりしっかり冬山状態。

iide_day1_naka15ri.JPG中十五里を過ぎて標高1,000m付近になったところで、西から吹き付ける風があまりに冷たいので、ヤッケを再度着こみ、オーバーグローブを装着。さむい~。

←道標が半分くらい雪の下。今年はやはり雪が多いのかな。。

ピッケルを除く雪山装備一式を担いで長い上り坂を登るのは結構しんどくて、ちょこちょこと休憩をとりながら歩き続けると、9時15分過ぎに横峰小屋跡の緩斜面に到着。
見渡す限りガスの中。残念。おまけにぱらぱらとアラレが吹き付けて痛いっす。。

休憩を挟みながらもコースタイムよりも若干早いペースで歩いてきたので、これなら今日は三国小屋泊まりではなく切合小屋を目指せそうだと話し合いながら休憩。

iide_day1_jizo.JPG地蔵山の山頂を右手に見ながら長いトラバース。やや腐り気味の雪だけど、トレースもあるので問題なし。10時過ぎに三国岳へ向かう稜線に合流。
→トラバー終了手前、三国岳方面を眺めたところ。

三国岳の稜線のコルに降りたところで、Eさんから「この先、ちょっと不安なのでアイゼンをつけましょう」との提案。前にいた2人組のパーティの方たちも、少し先でアイゼンを装着している様子。
それに、出発前に拝見したブログによれば、この先の稜線には切り立っている場所や岩と雪のミックス地帯があるとのことだったので、もちろん賛成。

突風の横風だけは吹いてくれるなよ~と念じながらも、痩せ尾根を通過。
日本海の水蒸気をたっぷり含んだ重たい雪のためか、ぽってりと積もった雪の尾根はさほど切り立った印象はないものの、ぐずぐずと潰れそうでなんだかちょっといやらしい感じ。

途中1箇所だけ雪が途切れた箇所があり、草付を這い上がって、再び雪稜へ。今年から冬山始めましたというY君その2は、藪漕ぎにちょいと手こずり中。まぁ自分もまだ経験値が低いので、藪漕ぎはあまり得意ではありませんが。。

iide_day1_umanose2.JPG雪のリッジ上のトレースを辿りながら「バリエーションみたいだな~」とホクホク楽しくなりながら歩いていると、今度は剣ヶ峰と呼ばれる岩稜地帯が登場。おお~鎖場だ♪

iide_day1_kengamine.JPG傾斜が緩いし岩場自体が短いし、キンキンに冷えた花崗岩なのでスリップする心配も少なく、無事に岩稜地帯を通過。
ただ、ストックでは岩場の役には立たないので、ここはピッケルがあった方がよかったかも。

→ 岩稜の左から取り付いて右側の階段状の箇所を登りました。両側が切れ落ちているので用心、用心。



iide_day1_mikuni.JPG←岩場を通過すると、まもなく目の前に立派な三国小屋が登場。小屋の裏手(北側)に出るので、ぐるっと回って南側の出入り口に。

天気が良ければ尾根を歩いている間ずっと小屋が目前に見えているのだろうけれど、生憎ずっとガスの中だったので、目前に到着するまでその存在がわかりませんでしたよ。

とにもかくにもひと安心。ほ。
4月半ばまではまだ1階部分は半分雪の中で2階の入口から出入りしたそうですが、ここ2週間でぐっと雪が減ったのでしょう、すでに1階の入口から出入り可能になっていました。
4年前に改築したばかりだそうで、中はとてもキレイ。

前日から泊まっているというパーティが1組停滞中、すぐ後続のパーティ2組も到着し、自分たちを含めて10名強。
途中で抜いたパーティが2組くらいあったしね。。結構混みそうだよね。。行けるようなら切合小屋まで行きましょうか~と、昼食をとりながら話し合い。

30分ほど三国小屋で休憩した後、再び外へ。
外は相変わらず一面のガス。いちおう視界は100mくらい利きますが。。
なにより横殴りの風に煽られそうで、ちょっとビビル。

その日三国小屋から先を歩いた人は皆無だったようで、稜線には一切のトレースなし。
心の目で見たらトレースが浮かび上がるかも。。。!? と、細い目をさらに皿のようにしてみましたが、やはりどこにもトレースは見当たらず。修行が足りないだけか。。

迷うような尾根はなく一本道とはいえ、トレースも赤布の類もまったくない状態でEさんが迷いなく藪を漕ぎ斜面をトラバースして先行していくのがなんだかすごい。自分にはまだできそうにないっす。。

雪庇のできる東側を避けて西寄りの斜面を延々トラバース。まだ下には堅い雪があり、その上にぐさぐさの腐り雪が15cmほど重なった状態で、足が重いし気を抜くと滑りそうで緊張。藪漕ぎの連続に加えてアップダウンが続くので、ものっそい疲労感。

三国小屋を出てすぐの、おそらく地図で鎖場と記されているあたりで西斜面の雪が切れてしまい、東斜面は雪庇に亀裂が入っている状態。仕方ないので西斜面のクレバス内を通過。短い箇所とはいえ、今時分の雪はめちゃめちゃ重たいので通過時に崩れたら一巻の終わりだなぁ。。と、内心冷や汗。

三国岳-切合小屋の稜線の中で、遠目には核心と思われたけど実はあっけなかった種蒔山山頂付近よりも、この鎖場のほうがいやらしいと思います。まぁ時期やコンディションによりけりなのだとは思いますが。

種蒔山を過ぎると、周囲は一変してなだらかで開けた雪原に。天気が良ければさぞかし気持ちの良いところなのでしょう。強烈な雪と風に煽られる中でさえも、ちょっとした癒し空間。

iide_day1_kireai.JPGさて、地図によればそろそろ切合小屋に到着しても良い頃のハズ。。てか、早く着きたいよ~。。と、ちらちらと稜線の右側を意識しながら歩くと、はるか先を行くEさんがストックを両手に掲げて合図。あ~小屋だ~。着いた~。

小屋に到着した直後に、雲が少し切れ一瞬だけ晴れ間。一面の雪原がすごくきれい。
無事に到着できて、なにより。

iide_day1_tanemaki.JPG切合小屋の1Fはまだ半分ほど雪の中で、出入りは2階の入口から。中に入るとまだ誰もおらず、自分たちがこの日一番乗り。奥の2Fの飯豊の間とやらに陣取り。
自分たちが到着してすぐ後に、2名のパーティの方と単独行の方の計3名が切合小屋に到着。その後、天候は一向に回復せず、結局その後誰も訪れることなく自分たちを含めて7名が宿泊。
小屋が混みあっていたらどうしよう。。という心配は杞憂に終わりました。

Y君その1が雪を集めてきて、食担のEさんが雪を溶かして水を作り、Y君その2がカフェプレスでコーヒーを振舞ってくれました。はー生き返る~。いやホントに
て。。ハッ、自分はなにもしてないや ^^; 申し訳ないです。

その後、食担のEさんがつまみを作り、それではと銘々ビールの栓を開け、なし崩し的に宴会開始。
外は相変わらず横殴りの吹雪。一向に収まる気配はなし。
稜線上で風の通り道にある小屋だけに、吹き荒ぶ吹雪の音がお腹に響くこと、響くこと。

まぁ食料と燃料はまだ余裕があるし、日程的にも余裕はあるのでいざとなったら引き返せばいいし、天候は回復傾向のはずなので大丈夫でしょうと、自分を含めてみな楽観的。

周囲が暗くなるにつれて次第に冷え込みが厳しくなり、小屋の中でも吐く息が白く、ありったけの衣類を着こんでシュラフに身体を突っ込んで宴会に参加していました。

長くなるので2日目の話はまた今度。
Posted by norlys - 2008.04.26,Sat

本日もジムでクライミング。中1日空けただけなので、すっかりよれよれ。。
それでも集中的に登るとなんだか手応えがあるような気がしなくもないような。。どっちだ?

さてはて。

日経BPのサイトで、経済評論家の日下公人氏の「日本の経験がこれからの世界を動かす」という連載記事を拝見。
中国は完全に安倍外交に屈していた」というコラムが興味深いです。

これ。

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中国は完全に安倍外交に屈していた-そういうことをマスコミは書かないから、日本人は気がついていない。ところが、在日元中国人評論家の石平さんはそれを書いた。石平さんによれば、北京に行ってみると、もうみんな「日本に負けた。完全に日本にグリップされた。我々はそれに対して戦う手段がない」と言っているそうだ。

 それを聞いた麻生さんは、「たしかに、外務大臣として北京へ行ったとき、中国の胡錦濤国家主席はもう困り果てていた。本当に立ち往生していた」と言っていた。

 「これからいったい誰が総裁になるのでしょうか、やはり安倍晋三がなるのでしょうか」「おそらくなるでしょう」「では安倍晋三に対して、我が中国はどうすればいいでしょうか。教えてください」――というやり取りがあったそうだ。そこで、安倍晋三さんが中国へ来たとき「まずは全面屈服してください」と言ったら、本当にそうしたらしい。
(以下略)
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日下氏はイケイケJAPANというか、誉めて伸ばすというか、かなり日本経済の発展に対してポジティブな(まぁ良い意味で)観点で主張を行う方なので、卑屈で謙虚な自分はどうしても話半分としてとらえてしまいますが。。

それにしても、なぜ今のタイミングで安倍元首相への評価が論じられるのだろ。。

なんだか少し不思議でございま。

安倍元首相が政権の座に就くや猛烈なバッシングを浴びせたのはマスコミで、世論もすっかり同調していたのに、なぜ今更。。。?

しかも日経系列のコラムで、だなんて。。

そもそも「全面屈服してください」なんて主張を日本が中国に対して行ったとは思えないんだけどな。
安倍元総理は中国に対して真正面から「過去に囚われず、建設的に将来について話し合いましょう」というようなことは言っていたけど。
(まぁ人間は自分が受けた痛みは忘れないものなので、この考え方がすんなりと受け入れられるとはなかなか思えません罠。その点は理解できます、はい)

ましてや、日本が中国共産党に引導を渡すことを期待していた。。だなんて、本当ですかね??
いくらなんでもそれは。。。
「アメリカ-日本」の図式を「日本-中国」に置き換えるのは、さすがにちょっと荒唐無稽のような気がしますが。。

「マスコミが書かない」ことを今更マスコミを通じて報じられてもなぁと鼻白みつつも、そういうことを書かないマスコミの恣意的な報道姿勢と、マスコミが書けなかった圧力の存在とを想像するばかりです。

当時はまだ中国の経済活動の勢いが盛んで経済界や政界や外務省やらのラブチャイナ派の声が大きく、チベットや東トルキスタンにおける人権弾圧やスーダン政府への関与に関する報道が日中記者交換協定の名の下に制限されていたからでしょか。

それとも現福田内閣の終焉を見越したうえでの、民主党台頭を抑制し自民党政権を維持するための布石でしょか。

または、日本国内の情勢だけではなく、北京五輪までは、万博まではこのまま上昇を続けるだろうと言われてきた中国の経済情勢に影が落ちてきて、政治勢力にも変化が生じてきたのでしょか。

たったひとつのコラムから性急な判断を下すのは危険ですが、なんだか最近色々なところで風向きが変わってきたような気がして、かえってなんとなくざわざわします。。
所詮、自分好みのニュースしか覗かないから、勘違いしているだけかもなんだけど。。

どうか世界が少しでも穏やかで良い方向に向かいますように。。

Posted by norlys - 2008.04.24,Thu

先日、光市母子殺人事件に対する広島高裁の差し戻し裁判の判決が下りました。

色々と思うところはありながらも、難しい問題なので触れずにおこうとも思ったのですが。。
以下、戯言の垂れ流しです。

主義主張を述べるほど考えがまとまってはいないので、重箱の隅突きでとりあえず新聞2紙の社説とコラムを並べてみたり。。

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母子殺害死刑―あなたが裁判員だったら

勤め先から帰宅した本村洋さんは、押し入れの中で変わり果てた姿の妻を見つけた。生後11カ月の娘は天袋から遺体で見つかった。

9年前、山口県光市で起きた母子殺害事件で、逮捕されたのは同じ団地に住む18歳になったばかりの少年だった。母親を殺害後に強姦(ごうかん)し、泣く幼子の首をひもで絞めていた。

少年は広島高裁でのやり直し裁判で死刑を言い渡された。無期懲役の一、二審判決に対し、最高裁が「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と審理を差し戻していたので、死刑は予想できたものだった。

被告・弁護側はただちに上告した。しかし、最高裁が差し戻した経過を考えれば、今回の死刑判決をくつがえすのはむずかしいだろう。

少年は父親の激しい暴力にさらされ、母親は自殺した。判決は「被告の人格や精神の未熟が犯行の背景にある」としながらも、「動機や犯行態様を考えると、死刑の選択を回避する事情があるとはいえない」と述べた。

この犯行のおぞましさや残虐さを見れば、死刑はやむをえないと思う人も少なくないだろう。

一方で、もとの一、二審は少年に更生の可能性があるとして、死刑を避けた。多くの事件を扱っているプロの裁判官の間で判断が分かれたのだ。それだけ難しい裁判だったといえる。

判断が難しい大きな理由は、少年が死刑を適用できる18歳になったばかりだったことに加え、被害者が過去の死刑事件よりも少ない2人だったことだろう。最高裁が83年に死刑を選択する基準を示してから、少年の死刑判決が確定したのは19歳ばかりであり、被害者は4人だった。

その意味では、少年犯罪にも厳罰化の流れが及んだと言えるだろう。

今回の事件が注目されたのは、本村さんが積極的にメディアに出て、遺族の立場を主張したことである。少年に死刑を求める、と繰り返した。

被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告に質問したりできる「被害者参加制度」が今年から始まる。被害者や遺族の感情が判決に影響を与えることが多くなるかもしれない。

見逃せないのは、被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。

1年後に裁判員制度が始まる。市民がこうした死刑か無期懲役か難しい判断も迫られる。事件は千差万別で、最高裁の判断基準を当てはめれば、機械的に結論が出るわけではない。

自分なら、この事件をどう裁いただろうか。それを冷静に考えてみたい。
(2008/04/23 朝日新聞 社説)
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某所で祭られておりましたが、ホントにまぁ。。

朝日新聞の主張をまとめてみると、たぶんこんな感じ。

今後少年犯罪に対して「永田判例」よりも厳罰化が進むことになる。その原因は今回の判決だ。
(18歳になったばかりだった/ 被害者が過去の死刑事件よりも少ない2人だった」と世論をミスリードするような過剰な装飾語はやめましょうや)
今回の判決には、被害者遺族とメディアが感情的に主張し、弁護団を非難した影響が大きい。
(「最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。」と書いた直後にコレでは、ロジックがおかしいと思わないのかな。)
自分なら、この事件をどう裁いただろうか。それを冷静に考えてみたい。
(朝日さんのご意見は? というか、どうも判決内容に不服であると読み取れますが。。)

まぁ、朝日新聞を責めることがこの事件や判決結果の本質ではないし、色々なものの見方や考え方や主義主張があっても良いとは思います。日本は民主主義だし。

とはいえ、社会的道徳や正義に基づいて倫理を説くことがジャーナリズム精神の根幹にあると思っていたのですが。。

どうもこの社説の主張する内容は、自分の認識との乖離が大きすぎて、もしかして「自分がおかしいのではないか」と不安になってしまいます。
自分が常に正しいなどと大それたことは考えていませんが、朝日新聞の主張に歩み寄ることは、自分にとっては「人として」とても難しい課題です。悩ましいです。

ざっと見た限りですが、毎日新聞、中日新聞、北海道新聞、信濃毎日新聞の各社の社説も、自分にとってはなかなか電波でした。
朝日新聞社の名誉のためにもここに補足しておきます。

(さらに蛇足を加えると、各紙とも裁判結果を報じた記事の内容は極めて真っ当なのに、なぜか社説になると電波です。不思議です)

さて、お次。

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4月24日 産経抄

数日前にインターネットの恐ろしさを書いたばかりだが、やはり便利なものだ。MSN産経ニュースで、本村洋さん(32)の一言一言をかみしめた。「死刑の存廃が騒がれるようになるかもしれませんが、刑罰がどうすれば社会が安全で平和な環境を作れるか考える契機になることを願います」。

「遺族としては満たされたのですが、社会にとってみれば事件をめぐり私の妻と娘、そして被告の3人の命が奪われることになるわけで、これは明らかに社会にとって不利益なことです」。山口県光市の母子殺害事件で、元少年(27)に死刑判決が出たことを受けて行われた記者会見を、ほぼ完全収録している。スペースや放送時間の制約がある新聞、テレビでは、なかなか難しい。

本村さんの発言が、メディアを通じて社会の報復感情をあおり立て、裁判に影響を与えたといわんばかりの社説を、一部の新聞で見かけた。的はずれも甚だしい。作家の佐木隆三さんの指摘の通り、判決は弁護団の「自爆」の結果といえる。

遺体に性的暴行を加えたのは生き返ってほしいから。ドラえもんが何とかしてくれると思った。被告は1、2審では殺意を認めていたのに、差し戻し審では、おぞましい弁明を繰り返し、弁護団はこれこそ真実と主張した。

主任弁護人を務めた弁護士は、きのう別の事件で自らが有罪を言い渡されている。弁護士といっても人さまざま。裁判員制度を目前にし、常識を働かせることの大切さをあらためて教えてくれた。

本村さんは、できるだけ早く弥生さんと夕夏ちゃんの墓前で判決を報告したいという。9年間の苦労をねぎらい、これを区切りに新しい人生を切り開いてほしい。2人はそう言ってくれるような気がする。
(2008/04/24 産経新聞 産経抄)
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先の朝日新聞の社説へのアンサー記事でしょうか、これは。。

メディアがメディア同士で対立するのはかまわないのですが、紙面なぞ使わず、別のトコロでやっておくんなまし。

「刑罰がどうすれば社会が安全で平和な環境を作れるか考える契機になることを願います」
という、遺族側の本村さんの言葉をきちんと伝えた記事を記したかったので、産経新聞ではなくとも東京新聞も琉球新聞(!)でも他の新聞でもよかったのですが、まぁこうして比べてみるもの興味深いもので。

さて。

今回の判決が「少年犯罪の厳罰化」というキーワードで括られてしまうことが、ちょっぴり歯がゆくてたまりません。

判決上

三権分立の法に従えば司法と行政は別物なので、今回の判決内容については司法の分野として個別に評価すべきなのは重々承知しています。

それでも自分としては、悪質な少年犯罪を未然に防ぐ社会のありかたを今一度真剣に問う声をもこそ、マスメディアは上げるべきではないかと思うのですが。。
期待しすぎですね。残念ですが。。

難しいですね。。ほんとうに。。

Posted by norlys - 2008.04.23,Wed
白いリネンレースのクロス。きんしょうさんの白いアイリッシュリネン(細)を3号かぎ針で。

DSCF7757.JPG中心から編み始めてぐるぐる。
調子に乗って編み続けたらなかなか大きくなったので打ち止め。
ただいまエッジングをどうしようか思案中。

3箇所ばかりメジャーなエラーあり。
ぐるり1周した後に前段のエラーに気づくのだけど、外側に進むにつれてほどく量が多くなるのでそのまま放置。

人生なにごとも失敗の原因はその前段階からの積み重ねにあるのだと悟ってみたり。。とほほ。
Posted by norlys - 2008.04.22,Tue
昨日は仕事帰りに門前仲町に直行。

深川スポーツセンターという東京都の公共スポーツ施設にクライミングウォールがあり、そこで行われる安全講習会のお手伝い(という名のお邪魔)。

あろうことかルーファイにしくじり、スポーツセンターを通過。
駅からそれほど遠いはずはないんだけどな。。と思いながら歩き続けたら水上バスの発着場(越中島発着場)を発見。おおー。
水上バスマニアなので、これはうれしい大誤算~とホクホクしながらも、集合時間ギリギリになってしまったので慌てて引き返してなんとか無事に深川SCに到着。

現地に到着するとすでに10人弱の受講者の方が待機されていました。
平日の夜早い時間なのに、これだけ人が集まるとはちょっとすごい。

深川SCの壁はボルダー壁が一枚と、トップロープ用の壁が1面。
トップロープ用壁は高さが7m程度と小ぶり。小ぶりながらも、ご近所さんならば、毎日ちょこっと練習するには良さそう。公共施設なので利用料金もお安いし。
家の近所にほしいなぁ。。自分が引っ越せばいいのか。。いやでもそれは。。ムズカシス

一方でボルダーエリアは4mくらいありそうな被った壁で、終了点から飛び降りる勇気はちょっとありませんでした。限界トライで変な落ち方したら怪我をしてしまいそうで、リード壁よりコワイような。。

講習会では、基本的なルールの説明、シューズとハーネスの選び方、エイトノットの結び方などのレクチャーの後に、リード壁(垂壁と傾斜壁の2つ)を登っていただき、その後長物にトライしていただいて終了。
1時間半なのであっという間ですが、なんとなくでも、楽しいな~♪と思っていただけたら幸いです。

自分はビレイヤーとしてのお手伝いの合間に、ちょこちょこ抜け出しては勝手にボルダー壁を登ったりして楽しんでました。(いいのかそれで^^;)
昨日の外岩の疲れが残っているものの、ホールドに触れるだけでなんだか幸せ~。

・深川SC クライミング講習会情報
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自己紹介:
Norlys(ノールリース)。極光、いわゆるオーロラ。雪の降る季節と雪の降る景色がすき。趣味は編み物。週末は山を散策。

色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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