舞台は紀元前70年代前半の古代ローマ共和国。トルキアから奴隷としてローマに連れてこられ、円形競技場で死闘を演じる剣闘士として活躍したスパルタクスの反乱の物語。
古代ローマという厳格な階級社会の中で剣闘士として生きるも、奴隷身分からの解放を目して同じく剣闘士の仲間たちと逃亡。カンパーニャ州のカプアからヴェスヴィオ火山の麓に篭り、その後膨れ上がる一方の逃亡奴隷一団の食料確保のためにいったんはイタリア半島最南端のトゥリィまで南下。その後、アペニン山脈沿いにアルプスを目指し、属ガリア州との境界をなすルビコン川まで北上。けれど、再度ローマへの帰還を企て南下。
なんでまた、そんなに大軍で行きつ戻りつするのかねぇ。。。とアペニン山脈を思い浮かべながらため息。
あれを往復するのって、そんなに楽な話じゃなさそう。なにより水がないしガレ場が多そう。。とか。
歴史においても動機が不明とされるこの一連の行動に対し、佐藤賢一はスパルタクス自身の逡巡を次のように描いています。
いわく、
自分は指導者の器などではなく、勇気ある戦いにこそ生を見出す剣闘士なのだ。
いわく、
自由とはいえ祖国に帰ったところでなにもない。ローマ人は嫌いだがローマ共和国という文明への憧憬は禁じえない。
逃避行の末にローマに再び舞い戻ったスパルタクスにもはや迷いはない。ただ戦うのみ。
彼が戦いを挑む相手は、栄光のローマ共和国そのもの。
高貴にして優雅、高度に洗練されかつ享楽的な文明。近隣諸国への侵略や属国の植民地支配、奴隷制度なしには維持できない社会。矛盾と腐臭に満ちたこの唾棄すべき世界から逃れられない自分。
スパルタクスの逃亡も逡巡も再びのローマ侵攻も、ほかでもない「ローマ共和国」という存在に対する壮大なファザー・コンプレックスによるもの-そんな印象を受けました。
圧倒的な戦闘シーンの連続を通奏低音として、このコンプレックスを最初は呪縛と感じながらもやがて受容していくスパルタクスの淡々とした心理的変遷の描写がみごとです。
もしも時分が今よりも若い時分にこの本を読んだら、自由の帝国を築き損ねたスパルタクスに対して「この腰抜け!」と憤慨していたかもしれませんが、ぼちぼち人間も外見同様に丸くなってきた自分なので、スパルタクスの心情を肯定できます。そういうのもアリだよね、なんて。
もっとも、佐藤賢一独自のネチっこいシーンが少な目なので、よけいに淡々とした印象を受けるのかもしれませんが(笑)。
佐藤賢一氏の作品では、「カエサルを撃て」が一番好きです。たまたま「カエサルを撃て」よりも前に「ガリア戦記」を読んでいたので、反対陣営(ガリア人のウェルキンゲトリクス)の視点という点が自分にとっては斬新でした。
「傭兵ピエール」「王妃の離婚」「ふたりのガスコン」「カルチェ・ラタン」などの作品も好きですが、2番目に好きな佐藤賢一作品は不評の高い? 「オクシタニア」です。
「オクシタニア」は、13世紀の南フランス、豊饒の地オクシタニア地方を舞台に、平凡にして凡庸なトゥールーズ名家の御曹司エドモンと、異端として弾圧されたカタリ派*に入信し失踪したエドモンの妻ジラルダの物語。
(* カトリック教会の聖職者の堕落に反対する民衆運動として生まれた宗派)
アルビジョワ十字軍、異端審問などの宗教的史実を背景に、「宗教は人を救うのか?」「愛で人は癒されるのか?」というこってりコテコテな物語が綴られています。
高校生の時分にでも読んだとしたら、きっと世の不条理と痛切な純愛の行方にひたすら涙したことでしょう。
残念ながら、しがないオトナになってからこの本を手にとったので、主人公たちのあまりの一途さに鼻白みつつも、彼らの純粋さが眩しく映りました。
もう少し年月を経てから再読したら、失うことを畏れぬ主人公たちの若さにふたたび涙するかもしれません。そんな物語です(だと思います) 。
↓
「インテル、巣鴨限定「デュアルコア」を披露」(2007/06/22 IT Media +D )
インテルは、7月26日から29日までの期間限定で東京都豊島区巣鴨に「すがもパソコン茶屋」を設置し、より幅広い層を対象にパソコンの普及を促進する狙いなのだそうな。
この「すがもパソコン茶屋」では、毎日先着100名にオリジナルの「Core 2 Duoどら焼き」が配布されるとのこと。
うは、本気でおいしいそうです、これ。
"Core 2 Duo" にちなんで、丹波産の栗を2つ、デュアルコアとして内蔵しているそうな。
ほ、ほしい。。。
ニコンの羊羹(Webサイトからも購入可なんですね)みたいに、一般ユーザーにも販売してくれないかなぁ。
期間限定先着100名では早起きのご老人に負けちゃうもの。
プロセッサの進化はすでに物理的な限界に達してしまい、既存のテクノロジーをベースにすると膨大な発熱量でPCがイカれてしまう。。。というような話を2、3年ほど昔に小耳に挟んだ覚えがありますが、実際のところどうなのかよくわかっていません。難しくて。
そういえば、先月旅先(といっても横浜)でテレビを点けたら、たまたま「パソコンの中では今、このくらいの変化が起きている」というIntelのCMを観ました(遅いって。。)。
いやはやIntelさん、はっちゃけてますね。。
昔はもうちょっとオカタイ路線だったと思うのですが。。
このキャンペーンはWeb上でも展開していて、ブラックなブログを楽しませていただいていますが、登場人物が増えてきてもはやいったい誰が誰だか。。。
当初は、USのヤンエグ・ジョンと日本の小学生タカシの2人の「とりかえばや」物語だったのに、今では3人+1匹が混線中。
ジョン ビリー マリエ(バレリーナ) タカシ
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ビリー タカシ ジョン マリエ
今後の行方をまったりと楽しませていただきたいと思います。
なんでも老舗百貨店の店員さんの物語だそうで。。。orz
最近、仕事中のBGMは攻殻機動隊のサウンドトラック(攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T. +)。
アニメは観たことないのですが。面白そうだけど時間がないれす。。
Origaの歌う"Inner Universe"がステキ。
「風の中のソリテア」とか「ポーリュシカ・ポーレ」の頃のオリガのアルバムを実家に置き去りにしたままなので、久しぶりにレスキューして聞き返してみたくなりました。
Björkの「Volta」とか、異世界に飛んでいきそう系の音楽は作業に没頭できて個人的によろしいです。
あとRAFの"infinito" 。普通のポップスなのにちょっとトランス入ってます(?)。無性に泣けます。
昨日の晩、同居人と夕飯を食べながら「もしも人類が滅亡して、未来に生き延びた人がネット上に散らばるブログを見つけたら、いったいどんな時代だったのかと頭を捻るだろうね~」という話をしていた。
なにしろ現代の情報量は圧倒的だから。
イタリア語で"storia"(すとーりあ)にはふたつの意味があって、ひとつは「歴史」もうひとつは「物語」。
フィクションを"narattiva"と呼び、史実である"storia"と区分することもあるけれど、"storia"が実際の「歴史」と虚構の「物語」のふたつの意味を同時に指すというのはとても面白いと思う。
日本にも四鏡と呼ばれる歴史物語があり、内容はいちおう史実をベースにしながらも脚色も含まれている。
遺されたテキストのなにがホントでなにがウソなのか、後世の人間は注意深く見分けるしかありませぬ。
ところで、こんなネタをクリップ。
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「また聞き」「うわさ」はなし、精度重視の体験談検索サイト
(@IT 2007/07/02)
リクルート、電通などが出資するブログウォッチャーは7月2日、「また聞き」や「うわさ」を排除し、著者の体験談だけを抽出できるブログ検索サイト「SHOOTI」(シューティ)を7月3日に開設すると発表した。東京工業大学の准教授で、ブログウォッチャーに1%出資する奥村学氏が研究する自然言語処理技術を生かした。
(中略)
ブログでは、また聞きの体験談や、フィクションの体験談も場合によってはある。その中から著者が実際に体験した信頼できる情報を見つけるには、構文解析技術を使う。形態素解析を行ったうえで、係り受け構造を見つけ出すという。ブログ文章の主語と述語、目的語の構造を解析することで、そのブログ文章が、著者の実際の体験を基にしているかどうか判断。加えて機械学習機によってその精度を上げていくという。(以下略)
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確かにWebで語句を検索すると、個人のブログが上位にヒットすることは多いです。
Yahoo!ではオンラインサーベイによる「検索結果にブログが出ると「がっかり」が2割以上」という結果を受けて2007年3月末からサーチエンジンにブログフィルタを組み込んだそうで。
個人的には、検索結果で個人のブログがヒットしても、まったくがっかりしない人間なので、フィルタリングする意義がわからないのですが、どうなんでしょ。
ぶっちゃけ有名人のエッセイも新聞の社説欄も、わたしにとってはブログの一種にしか見えないのですが(社会的評価と社会的責任が大きい、という点は理解していますが)。
某巨大掲示板の管理者さんの言を借りるのもなんですが、巷間に氾濫する情報の中から「嘘を嘘と見抜く能力」を養うことこそが重要ではないかと。
はたして物語は虚構で歴史は現実なのでしょうか。そしてほんとうに、自らの目に映る事象のみが真実なんでしょか。
んでまぁ、「SHOOTI」ってどんなものよとサイトを覗きに行ってみました。ココ→http://shooti.jp/
セールスポイントの「体験談検索(ホンネ検索)」に加えて、「イケてるブログ」(通称「イケブロ」)のポータルを構築するのだそうです。ご丁寧にFAQページに次のような解説がありました。
Q. イケてるブログとは何ですか?
A. SHOOTI編集部が独自の観点で集めた、内容の素晴らしいブログです。現在、1000以上のブログが登録されており、素晴らしいブログだと編集部が判断したものを随時載せていっています。
「イケてるブログ」(通称「イケブロ」)というネーミングって、ちょっと微妙な。。
ホンネ検索とやらの機能は面白いと思います。膠着語である日本語というちょっとやっかいな文法体系をどのようにシステマティックに分析していくのかという点で。
ですが、「イケてるブログ」とやらの設定で、個人的にはこのホンネ検索機能もすっかり台無しです。
SHOOTIがリクルート+電通のコラボということで、ふとフリーペーパーの「R25」を思い浮かべる自分です。
無料ということもあって最初の頃は楽しく読んでいましたが。。。(以下自粛)。
「R25世代」って25~34歳の男性がターゲットらしいのですが、それにしてはノリがネオバブリーっぽい印象を受けるのは良くも悪くもリクルート&電通気質なんですかね。いえ、どちらもすごい会社だとは思いますが。。
さてはて。。。
閑話休題。
米露首脳会議が終了しますた。
↓
ミサイル防衛、米露の溝埋まらず…NATO参加も提案
(2007年7月3日12時11分 読売新聞)
記事を切り張りするとこんな内容。
ロシア側の提案
・MD計画を米露間だけでなく常設機関「NATO・ロシア理事会」でも協議し、欧州各国に開発への参加を呼びかけること
・ロシアがアゼルバイジャンで運用するレーダー施設を更新し、ロシア南部に建設中のレーダー施設も提供する代わりに、米国がチェコ、ポーランドで進めるMD配備を撤回すること
アメリカのブッシュ大統領の談話
・「建設的で大胆」とロシア側の提案を検討する意向を示すも、東欧へのMD配備は撤回せずと表明
・「イランに強力なメッセージを送れるようロシアの支持を期待している」と述べてイランへの追加制裁にロシアも同調するよう求める
・「私は彼(プーチン大統領)を信頼している」とのコメント
「問題を先送り」と評している記事が多いのですが、ぶっちゃけこれは交渉決裂ではないかと思ったりします。
なにしろ、どちらの国も1ミリも譲歩していません。強いて言えば、ロシア側がアゼルバイジャンにおまけしてロシア南部のレーダー施設の共同利用を申し出たくらい。ロシアがアメリカのミサイル防衛技術を欲しているのではないかという点を念頭におくと、これはまったく譲歩でもなんでもなくてさらなる罠でしかないような。。
現時点ではプーチン大統領側のコメントがまだ発表されていないようですが、このままアメリカが東欧でのMD配備を着々と進めたらロシア側はどのような対応をとるつもりなのでしょか。
「欧州各国への参加を呼びかける」というプーチン大統領の提案のウラには、「さぁ果たしてアメリカはNATO各国の理解を得られるかな~(いや無理だろ)」という計算があるような気がします。同時に、「みなさーん、アメリカはヨーロッパを戦場にしようとしているんですよ~」と遠まわしにヨーロッパ諸国に啓蒙しているような気もしたり。まぁ、わたしの考えすぎだとは思いますが。
さてはて。。
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2007/7/4 訂正
アメリカはロシア側の提案にある「NATOロシア理事会の枠組みで東欧へのMD配備を協議する」という点は承諾していたのですね。すっかり勘違いでした。
今年の6月11日に開催されたサンクトペテルブルク国際経済フォーラムでは、WTOにかわる組織として「ユーラシア地域自由貿易機関」の設立を呼びかけたりと、ロシアは孤立を避けつつ新しい世界秩序を構築したいような。。。なんて、またしても無駄な邪推。
6月30日はちょうど林道南アルプス線の開通日。
林道南アルプス線は、白根三山と鳳凰三山の谷間を縫って山梨県南アルプス芦安と北沢峠を結ぶ総延長約34Kmにおよぶ林道。
1年のうち6月末から11月始めのわずか5ヶ月間だけ一般車両を除く市営バス・タクシー(と許可車両、緊急車両)のみが通行でき、それ以外の期間は冬季閉鎖となってしまう。以前は一般車両の通行も可能だったそうで、その幸せな時期を残念ながらわたしは知らない。
この林道の利用者のほとんどは登山客とおそらくは管理維持の業者のみ。維持するだけでも相当の費用になるだろうに、一方で受益者がとても限られていて、自然を護ったり自然に分け入ることはもはやすごい贅沢なのだと思う(登山客のためというより治水の重要性のためにこの道が存在するのだと信じることにします)。
この地域は地形が急峻で岩質が脆いため、通行期間中でもたびたび落石によってたちまち閉鎖されてしまうそうな。不幸なことに、開通初日の朝も落石により夜叉神峠のゲートでバスがストップ。不幸中の幸いは、当初復旧まで3時間と目されていた作業が短時間で終わり、1時間強のタイムロスで済んだこと。6時10分には終点の広川原に到着して早々に出発する予定だったけれど、なんだかんだで8時に歩き出し。
週の頭から週末の天気は優れないという予報がでていたけれど、岩じゃなくてごく普通の山歩きなのでよほどの暴風雨でなければ当然決行、という予定でした。出発直前になって晴れマークに変わり、夜叉神峠のあたりでは見事な快晴だったものの、近づいてみれば山頂付近はガスの中。
今回の山行の間、天気はずっとこの調子で、下界ではまずまずの天気の中、雲の中をうろうろしていた自分たちでした。
先週半ばに、今年の富士山では5月に大雪が降った一方で6月の降雨量が少ないため、山頂付近にかなり雪が残っている、というニュースを目にしたので、北岳にも多少雪は残っているのだろうと、よくよく下調べもせずにそれでも一応、軽アイゼンとストックだけを持っていきました。
それも、同行のYさんが持ち物リストを挙げてくれなかったら軽アイゼンを入れ忘れていたほど、すっかり平地と山の気候の違いを失念していました。ダメ過ぎです、自分。
二俣の手前に着き、そこから山頂直前まで圧倒的な質量で大雪渓が続いているのを見て、これは軽アイゼンではなくて12本歯を持ってくるべきだったかもと思い。実際に、12本歯のアイゼンとピッケルを装備している人がたくさんいました。
今年の北岳例年よりも残雪が多いとのこと。GWに2000m級の春山を登ったときは、山頂直下以外はすっかり夏道でしたが、さすが3000m級。
さらに反省すべきことに今回は荷物が大きくなってしまい(山小屋泊まりなのに。。)、急斜面を登る体力が続かず。
浮石がゴロゴロ転がっている雪渓のど真ん中で、あの石を目安に休憩~とか、今更ですが危険すぎ。ほんとうに幸いなことに、左俣を登っている間に目撃した落石は、握りこぶし程度の小さな石が上の方で転がって自分たちのところまで届く前に止まった1回のみ。もうちょっと雪面がキレイだったらスキーで滑降したら気持ちいいだろうなぁ。。。とかボンヤリ考えている場合ではなかったのです。。
途中で、北岳バットレスの第4尾根ルートに入るD沢方面ってこの辺だろか~と朦朧とした頭で考えるも、偵察する気力が微塵も残っておらずスルー。残念。
へろへろになって八本歯のコルへの分岐に到着。ここからは梯子の連続だけど垂直に高度を稼ぐので、ぐんぐん山頂が近くなるのを実感でき、精神的にちょっとだけ楽に。
雲の下層部にたどり着いてしまったようで、ガスが濃くなったり薄くなったり、時折小雨が降ったりという天気。気温は高くもなく低くもなくそこそこ快適。湿度が高いこともあって水が全然減らないけれど、荷物を軽くしたい一心でむやみに給水。なにしろポカリの粉末を混ぜてあるので、むやみに捨てられず。。
仰ぎ見れば山頂は依然としてガスの中。それでもガスが流れて、ときどきほんの一瞬だけ風景がさあっと開けるときがあって、その一瞬を待って立ち止まることが今回の山行では多かったように思う。
去年の夏の終わりに北岳を登ったときは快晴に恵まれて、雄大な山頂や息を呑むほどの星空や朝焼けの雲海からのびる富士山のシルエットを見ることができました。雨でもいいやと嘯きながらも、どこかで一瞬の奇跡を願ってしまうものなんですね。。
どうにかこうにか八本歯のコルに到着。あぁようやくここまで来た~と思いながら、ボーコン沢の頭方面を眺める。北岳の冬季登山のメインルートとなる池山吊尾根ルートに続く道。いつかは歩いてみたいと思うのだけれど、閑散としたロングルートなのでなかなか機会がありません。いかんせんボーコンの語源は「亡魂」という説もあるそうで。。。うう、おそろしす。
八本歯のコルにやたらとザックがデポしてあるので、はてこの人たちは「どこから来て、どこに立ち寄って、どこに行くために」デポしているものだろうと話し合いながら、トラバースルートに分け入ると、そこかしこにキタダケソウが満開。
ミサイルでも発射できそうなレンズを装着した一眼レフのカメラを構えた人たちもそこかしこに。キタダケソウがどんなものかも知らずにノコノコやって来たくせに、おぉなんとこここそはキタダケソウの聖地ではないですかと、すっかり舞い上がる現金な自分。
キタダケソウは、南アルプス北岳山頂付近にのみに育成する希少な高山植物。キンポウゲ科で、学名はCallianthemum hondoense Nakai et Hara。開花時期は6月中旬から7月上旬。
環境省のレッドリストで絶滅危惧IB類に指定されているそうな。
キタダケソウは実に清楚で可憐な容姿。華美とか優艶という言葉には程遠く、宮崎アニメのヒロインみたいな印象(まさにクラリス。なんだそりゃ)。
3000m近い高山の片隅にひっそりと群生しているというだけでありがたさが当社比150%増しになるけれど、この花を愛でるために、しかも1年に1度のめぐり合いが保証されているわけでもなく、これだけたくさんの人が訪れるのかと思うと、なんかちょっとすごい。
また、キタダケソウを間近に眺めようと登山道を外れて立ち入る人に対して、注意を促す場面に何度か出会いました。いわく「キタダケソウを眺めるために他の植物を踏みにじってはいけない」と。なるほど。。。と感心すると同時に、世の中にこれほど花を愛でる男性が多くいるとは。。。と(妙なトコロで)感銘を受けたり。
植物の中でも特に花というのは、自分にとってはいささか利己的でエロティックな存在でしたが(なにしろ多くにおいて受動的で他の生物を誘惑しては繁殖するし、それだけでは飽き足らずにどんどん環境に応じて進化してさらに繁殖したりするくせに、自力では移動できないから人に「まもってあげたい」という気持ちにさせちゃったりするし)、キタダケソウはあまりにけなげで可憐でした。
そして、遥かかなた3000mの頂の直下にひっそりと咲いている花を偲ぶ気持ちそのものも純粋でキレイだなぁと思うのでした。
国際金融のことはよくわからないのだけれど、なんだかアレコレと騒がしいような。。。
6月に入った途端、すとーんと落っこちた上海株式市場がまたじわりと落ち目基調。その1週間後の6月8日はNZストックのインデックスがすとーんと撃沈し、なんとか勢いを取り戻すも下降線をたどる一方。
アメリカもサブプライム関連の住宅市場の冷え込みで、DOW JONESもNASDAQも全体的に続落。
また、なんでもアメリカがヘッジファンドへの法規制を強める方針を固めているとかで、ハゲタカと呼ばれるHF陣が資金回収にやっきになっているという噂も聞こえてくる。
ローンスター社の件でゴタゴタの韓国はじわりと下降曲線で、バブル崩壊到来の予感がひしひし。もし万が一の場合に、IMFが10年目の「おかわり」を許すか許さないかが注目どころ。
日経平均225もついに1万8千円を割りガタガタガタと落ちこみ中。
欧州の株式市場も全般的に冴えない。
世界中の株式市場からすーっと潮が引くようにお金が消えていく。そんな印象を受ける。
勝ち続けることこそが至上命題のハゲタカファンド陣は、いったいどこへ向かっているのだろう。。
為替相場もこれまた値動きが激しいようで、中国元の通貨切り上げ、日本円円高反転のタイミングが懸念される一方で続落していくドル、ユーロは史上最高値を更新した後にじわじわと安値に転向。
緊張状態で一時的に保たれていたバランスが、ついに瓦解するタイミングを固唾をひそめて見守っている、そんな感じがする。
そういえば、今年はアジア経済危機から10年の節目でした。
外資導入による対外開放政策に基づく工業化発展を続け「東アジアの優等生」とまで呼ばれたタイは、経常赤字の膨張、バブル崩壊、不良債権増大、ヘッジファンドの空売りの増加、通貨切り下げ圧力の高まりという流れを受けて、ついに1997年7月に変動相場制への移行を決定-直後、通貨価値が大暴落。海外に逃げ急ぐ資本をつなぎとめるために国庫に保有されていたドルを次々にマーケットに放出、タイの通貨バーツを買い支えるも焼け石に水。あっという間に国内のドルは底をつき、個人保有のドルの放出を呼びかけるまでに至るも、わずか1週間で通貨価値は半減。
タイで発生したこの金融恐慌は近隣のマレーシア、インドネシアやフィリピン、さらに韓国にも飛び火し、果てはロシア通貨危機、ブラジル通貨危機の発端ともなった、そうな。
学生時代にアジア諸国の開発経済を専攻していた自分にとって、このアジア通貨危機は目からウロコのできごとでした。あぁ、ファンダメンタルズ! そんな基本的なファクターを見逃すなんて。
思えば、自分が机上であれこれと理想を語っていた時期は、実に平和で夢のあるのほほんとした時代に過ぎなかったのですね。
国際金融のイベントといえば(唐突だけど)、1985年9月22日のプラザ合意も自分の中では大きな位置を占めています。
プラザ合意とは、アメリカのプラザホテルにて発表された、対米貿易不均衡の是正を目的としてG5による為替レートの協調介入の合意。
当時、自分は父親の仕事の関係で東南アジアのとある国におりました。
「(学校の)ベンチにコブラが出たので気をつけましょう」と校内アナウンスがあったり、家の前でスクールバスを待っていたらゾウが通り過ぎたり(マイカー?)、庭のココナツの木の下では遊んではいけないと注意されたり(落下してきたココナツの実に当たると危険だから)、滞在中に1回小規模な軍事クーデーターあった程度で、至って平凡で幸せな日々でした。
さて、プラザ合意直後から急速に円が高騰。
一日遅れで届く衛星版の日本語新聞で、円の価値が日々刻々と上昇するのを眺めていました。1ドル=235円から一気に200円台を切り、150円になっても下げ止まる気配は見られず。
輸出産業が多数を占める現地邦人社会なので、円相場の行方は決して他人事ではなく。
いずれ120円台まで落ち込むというささやきの中、プラザ合意から半年が経ち、日本経済は輸出から内需拡大にシフトしはじめ、父親の会社も海外事業所を縮小。わたしたち一家は日本に帰国することに。
以来、歴史や経済の教科書で「プラザ合意」という単語を目にするたびに、あぁコレがなかったら今頃自分はどこにいたのだろうと考えたり。。
さほどドラマチックでもドラスチックではなくても、神の見えざる手の業によって世界情勢は日々刻々と変化し、一庶民は世の潮流に翻弄されてしまいます。
変わっていくことが決して悪いことだとは思いませんが、せめてソフトランディングだと良いなぁと思うわけです。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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