彼岸を過ぎて朝晩の空気がひんやりとしてきたためか、ようやく編み物の神様が再起動される気配。。
(「神様」なんてご大層なタイトルをつけておいてこれだなんて…どうもほんと、すいません。)
久しぶりに糸玉と編み針を引っ張り出してみました。
とはいっても麻(ラミー)ですが。まだウールに触る気分にはなれませぬ。。
晩秋の岩場の陽だまりとか湖のほとりとかで、日がな一日のんびり編み物をしたり、そんな贅沢をしてみたい今日この頃です。
こんなことでは「遊ぶことばかり考えている」と怒られるのも仕方ありませんね。あはは。
週末、晩夏の東北道をひた走る車窓からぼーっと流れる風景を見送りながら、頭の中で智恵子抄の一説がエンドレスリピート。例の有名なアレです。
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
それからもひとつ。
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
くー、沁みる。
空がないというよりも、都内にいると、ときどき海の底に棲んでいるような錯覚を覚える自分です。
ビルの上に見える空が水面、みたいな。
のどかな東北の農村地帯の風景が脳裏に鮮烈で、余計にこの錯覚にとらわれています。
とまぁ、たいそうまわりくどいのですが、どうやらそんな気分で写真の3色をひっぱりだしてみました。
イメージは晩秋の東京の水底。うむ、なにやら素敵ではありませんか(自己満足)。
でもいったいなにを編んだものやら。。。はは。
編み物の神様が再び眠りにつかないことを祈りつつ。
さて。
都会といっても大正時代の東京なので、まだ現代に比べたらさほど閉塞感はないのではないかと思うのですが、それでも東京住まいを厭って高村光太郎を困らせたという妻、智恵子。
ところが運命とは不思議で皮肉なもので、智恵子の死後、高村光太郎は岩手県花巻に粗末な小屋を建てて住まうことになりました。
氏の若い頃のアガペーとエロス満載な臨界点突破みたいな詩や、妻智恵子の闘病生活に寄り添う期間の詩も好きですが、まぁ自分もだんだんと年をとったせいか、今では晩年の作品の透徹した印象により惹かれます。
7年の闘病生活の果てに夭逝した妻、智恵子を偲び訥々と語りかける作品群です。
三畳あれば寝られますね。
これが水屋。
これが井戸。
山の水は山の空気のやうに美味。
あの畑が三畝、
いまはキヤベツの全盛です。
ここの疎林がヤツカの並木で、
小屋のまはりは栗と松。
坂を登るとここが見晴し、
展望二十里南にひらけて
左が北上山系、
右が奥羽国境山脈、
まん中の平野を北上川が縦に流れて、
あの霞んでゐる突きあたりの辺が
金華山沖といふことでせう。
智恵さん気に入りましたか、好きですか。
うしろの山つづきが毒が森。
そこにはカモシカも来るし熊も出ます。
智恵さん斯ういふところ好きでせう。
(高村光太郎 「案内」)
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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