ニュースでは千代田区でも降灰が観測されたとのことだけど、自分の家の周辺ではそれらしきものは見かけなかった。
浅間山は依然として噴火警戒レベル3(火口から周囲4Kmは立ち入り禁止)の状況にあるけれど、火山性地震の回数は減少し、差し迫った危険はなさそうだとのこと。ほ。
まえちゃんねっとの2月2日夜に起きた浅間山の噴火の様子の動画を見たら、不謹慎にも「キレイだなぁ・・・」と思ってしまった。
遠く離れた安全な場所でぬくぬくしながら眺める分には、大自然のスペクタクルは美しいな。
あの赤い炎を覗かせる熱いマグマ溜まりでは、いったいどんな元素がどんな反応を起こしているんだろう~と、そんなことを考えてしまう。
火山の噴火などの自然災害のひとつに雪崩の事故があって、雪崩リスクマネジメントの関連書籍などには、冒頭に必ず「アバランチ・ハザード・トライアングル」という図式が記されている。
いわく、雪崩事故が起きる原因は「地形」「雪」と「人」の3つの要素に集約される、という基本的概念だそうな。
ぶっちゃけていえば、雪崩という自然現象自体は自然界において頻繁に起きているけど、そこにたまたま「人」が存在したり、「人」が介入したときに雪崩は災害となる、ということ。
そこに人がいるから災害になるのであって、人がいなければ事故は起きない。ただの自然現象として観測されるだけ。
たとえば。伊豆諸島の、東京から約600Km南に位置する鳥島(伊豆鳥島)は、太平洋にぽっかり突き出た火山島で、長いこと無人島だったけれど、1887年頃からアホウドリの捕獲・養殖を目的に八丈島から島民が入植したそうな。そして、1902年8月に起きた噴火で島民125人が全員亡くなったそうな。
当時、近海を航海していた船が噴煙に気付いたことでこの惨事が判明したけれど、なにしろ遠く離れた海の孤島で生存者が皆無だったこともあり、噴火の起きた日時すらはっきりと特定はできないらしい(8月7日~9日のいずれか、という感じ)。
その後、鳥島は1939年にも大噴火。1947年に気象庁鳥島気象観測所が設置され台風観測やアホウドリの保護活動が行われたけれど、1965年の群発地震により閉鎖。現在無人島。学術調査を除いて立入り禁止。
こういう「入っちゃだめよ~」という場所があると、激しく興味をそそられるのはなぜなんだろう。。
もっとも、噴火と雪崩の場合は質量や規模や時間などのスケールが違い、雪崩は積極的な人為的介入によって生じることがあるけれど、噴火は人の立入り程度では刺激されない(と思う。麓に大規模ダムを建造するなどの行為によって多少影響を与える可能性は考えられるけど)。
いまさらながら、自然はすごいよなー…と思うのでした。
山野井さんが書いた「垂直の記憶
「凍」のモチーフとしては、「垂直の記憶」と同じく、2002年に行われた山野井泰史・妙子夫妻のギャチュンカン北壁登攀の経緯が綴られていると聞いていたので、クライマー自身が体験した風景をクライマー自身の筆で書いた本の方が面白いかなぁと思い、自分は「垂直の記憶」しか読んでいなかった。
「凍」ならうちにあるよ、とY氏が貸してくれた本を、昨日の晩にジムから帰ってきて、お風呂を沸かす間に読み始めた。読み始めたら途中で止めることができずに、一気に読み終えてしまった。
「凍」と「垂直の記憶」の2冊に書かれたメインやサイドのエピソードには相互に重複する内容が多く、それはそれで当たり前なんだけど、筆者が異なるということと、それでも両者の全体的に淡々とした感じのトーンが似通っていることが相まって、これは甲乙つけがたいというか、2冊とも併せて読むと面白いなと思った。
まあるいやわらかいゴムボールがあって、そのボールの内側から見回したものが「垂直の記憶」だとすれば、ボール全体を外側から見つめたものが「凍」という感じ。
ゴムボールみたいなものは、なんというか、「自分はこう思う」という本人の視線と、「それは周囲にはこう映る」という第三者の観察によって形作られる等身大の人間像みたいな感じ。
タイトルもまた「垂直の記憶」がクライマー自身の観点を凝縮したもので、「凍」は登攀行程全体を包括する表現になっている点が面白い。(「凍」は雑誌掲載当時は、ギャチュンカンというチベット語の地名の日本語訳である「百の谷、百の嶺」という題名で雑誌に掲載されたそうな)
自分には、山野井夫妻のような先鋭的な高所登攀に挑戦する意欲とか熱意とか気概は皆無で、ルート図集で初級に分類される冬山を登るのが精々なので、登攀中や下山時の困難はどうしても自分の想像の限界を超えてしまう。
それでも、登攀開始直前の微かな迷いや不安や、登攀中に冴え冴えと研ぎ澄まされていく感性や、下山時にアクシデントに見舞われて体力や判断力が限界になりそれでも生還に向かって前進する様子を追っていくと、じんわりと手に冷たい汗をかいてしまう。
なぜ山に登るのかとか、山に登って何が楽しいのとか、そういう疑問はひとまずさておき、絶望的で極限の状態からベースキャンプまで生還するまでのストーリーは圧倒的。
それにしても。
ゴルゴ13の「白龍昇り立つ」(第119巻、1996年)というチベット問題の核心に触れる作品の中で、「極地法など登山家の恥だっ!」とぶった切る中国山岳部隊の燐隊長に、
「まてよ、世界に評価された日本人が二人いた。フリークライミングの平山、それに冒険登山家の山野井だ! 」と賞賛されたことで、なぜか2chの一部でも山野井氏の業績が広まったというのは、なにがどう転ぶかわからない高度電網社会の象徴みたいで面白いなーと思うのです。
左手にバイル、右手にM16A2ライフル。
デューク東郷ならではの高所アルパインスタイル。(なのか?)
ダブルアックス登攀時には、まさか銃身を…使わんよね。。
ダライ・ラマの依頼を受け、中国により幽閉状態にあったパンチェン・ラマを救出しインド側への逃亡を助ける話だそうだな。
高度7000m超の国境地帯を舞台に中国人民解放軍の山岳部隊と対峙。
Amazonのレビューを覗いてみると、低酸素で極寒という高所の厳しさはこちらの方がよりリアルに伝わるとかなんとか。。う~む。
もともとは工業原料や機能性材料としてのガラスの物性などについて学びたかったのだけど、そうなると研究室とか企業の門を叩くほかになさそうなので、方向性がまったく違うけどガラスアートでも受講してみましょか、ということになった次第。
まぁビーズやガラスアートも好きなので、それはそれでいいんだけど、まさか自分で作ってみることになるとは思わなんだ。。
教室はマンションの1室。先生は穏やかで物静かな方で、見るからに芸術肌タイプ。
薀蓄とか含蓄とか前口上とかは一切ナシでいきなり実習開始。
なにがなんだかよくわからないまま、まずは鉛ガラスのガラス棒を3本選択。
どれもこれもキレイで迷い、色の組み合わせを考えるとさらに戸惑う。(結局、組み合わせとしては失敗だった^^;)
ほんとうになにも分からないので、先生が基本のキを教えてくださる。
んで、先生の作業をお手本に自分でもやってみる。バーナーの炎の縁で鉛ガラスのガラス棒をゆっくり温めてからバーナーの炎の高温部分で溶解させる。くにゃくにゃ水飴状になるので垂れないように、くるくる回しながら玉を大きくする。もう一方の手で、ポンテと呼ばれるガラス棒を温めてから玉状のガラスの表面に軽く接着させてうにょ~と引き伸ばす。
これがもう、予想どおり難しい。
いきなりバーナーの炎にガラス棒を突っ込むとパリっと弾ける。あぁ。。溶けたガラス玉をくるくる回していないとどぼっと垂れる。あぁ。。溶けたガラス玉を引き伸ばそうと慌ててポンテのガラス棒をバーナーの炎に突っ込むと、これまたパリンと弾ける。あぁ。。ポンテの引き具合がヘタクソで、どうもうまくできない。ぐわあああぁ。。
何度かトライするものの、ことごとくエラー。稀になんとなく思い通りになっても、なぜそうできたのかわからないので再現不可。
また、ガラス棒の色によって微妙に粘性が異なるので加減がよくわからない。(今にして思うと、乳濁している色はぐにゃり度が高かったので、フッ化物系の添加剤による粘性低下だったのかも。あんなに違うんだな。。)
最後に、芯棒に巻きつけてとんぼだまの製作。
自分にはアーティスティックな感性も湧き上がるクリエイティビティもないし、そもそも技術がまったくない。芯棒に巻きつけたガラスがある程度大きくなると、地球の重力に負けてぼとりと落ちないようにヒヤヒヤしながら芯棒をくるくる回すのみ。
頭ではなんとなく分かっていたつもりだけど---つまり、ガラスとは大雑把に言うと珪砂(SiO2)と炭酸ナトリウム、炭酸カルシウムを主原料とし(鉛ガラスは酸化鉛を含有するなど、ガラスによって添加される副成分は異なる)、高温で溶融させてガラス転移点を越えると一気に剛性と粘性が低下して固体から液体となり、その後急冷させると過冷却液体となり、さらに冷却させると常温下においてはアモルファス(非晶質)な固体(=ガラス)になるのだそーな、とか、ガラス(耐熱ガラスや硬化ガラスなどを除く)は熱伝導度が低いため熱衝撃に弱く、急激な温度変化を受けるとガラス表面の微細なクラックを発端に割れてしまう、とか。
とかとか、作業中はそういうガラスにまつわる薀蓄を考えている余裕なんてありません。
右手と左手で別の作業を行うことでいっぱいいっぱい。はうぁ。
なんというか、栄養学を学ぶつもりだったのに、繁盛している中華レストランの厨房に飛び込んでしまったような気分。。あいやー。。
まぁでもモノを作るのは好きだし(センスはないが)、なによりガラスの質感が好きなので、時間が経つのを忘れて作業に没頭してしまいました。楽しかった。
週末は北海道に遠征。
金曜日の夜はすすきのでたらふく食い、しこたま呑み。
土曜日の朝、ニセコに移動。
残念ながら雪面のコンディションはあまり良くなかったものの、グランヒラフの上部リフトが稼動していたので、ニセコアンヌプリの山頂まで少しばかり歩いて北東斜面にドロップイン。
ニセコアンヌプリ山頂にある避難小屋。
標高1308mと関東周辺ならば低山の範疇だけど、さすがは北海道。稜線は風が強くて寒かった。
北斜面の沢筋を滑るとゲレンデまで戻るのがたいへんらしいので、トラバースしてゲレンデに合流。
去年はふかふかのパウダーだったコースが、今回は平凡なゲレンデになっていて残念。それでも内地の雪に比べたらサラサラふんわり。心配していた右足への負担も軽く、快適。
夕方になって風が強くなり、しばれる寒さに負けて早めに引き上げ。
その日の晩はニセコ五色温泉で宴会。
またしてもたらふく食い、しこたま呑み。
翌日はアンヌプリとヴィレッジを梯子。どちらもゲート外のコースが面白い(完全立入禁止区域ではなく、コース外)。
かろうじて残っているパウダー部分を狙うものの、案外モナカだったり下層にガリガリのバーンが隠れていたりして、てんで予想がつかなくて楽しい。
そうかー、すごいなー。おめでとー。
件名も「hohho-」で、どうやらかなりうれしそうだ。
早速、件のツールを試してみる。なるほど、これが今話題の(なの?)クラウドコンピューティングかぁ。
ユーザーエンドとしては、蔵人でも雑色でも同じだけど、同じだからいいのだろうけど。ふ~む。
自分にとっては、弟はいつまで経っても弟だし、今も昔も相変わらず坊主頭だし、なんか不思議な気分。しみじみ。
そういえば。
随分昔に母親が「あのこ、毎日パジャマみたいな格好で出て行くんだけど、本当に会社に行っているのかしら」と真顔で尋ねてきたことがあるけど、大丈夫だよお母さん、多分話を聞いてもちんぷんかんぷんだと思うけど、ちゃんと弟は仕事をしているみたいだよ(笑)。
今週末は北海道でスキーの予定。とても楽しみだけど、先日痛めた右足踵の具合がちと不安。
スキーならブーツでがっちょり固定するから大丈夫だろうと思ったけど、案外そうでもなかった。。
ま、ぼちぼちと。
北海道といえば。お正月に池澤夏樹の「静かな大地」を読了。
以前購入して3ページくらい読んだだけで、ずいぶんと放置しておいた。時間があったのでふと読み始めたら、一気に読み終えてしまった。
面倒なので内容紹介はAmazonからコピペ(おいおい)。
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短い繁栄の後で没落した先祖たちのことを小説にするのは、彼らの物語を聞いて育ったぼくの夢だった--明治初年、淡路島から北海道の静内に入植した宗形三郎と四郎。牧場を開いた宗形兄弟と、アイヌの人々の努力と敗退をえがく壮大な叙事詩。著者自身の先祖の物語であり、同時に日本の近代が捨てた価値観を複眼でみつめる、構想10年の歴史小説。第3回親鸞賞受賞作。
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この小説の主人公は宗形四郎の次女である由良。北海道静内町生まれで札幌育ち。由良の父は幼少時代に家族と共に淡路の洲本から同郷の者たちと共にこの地に入植した。
彼女が自分の叔父にあたる宗形三郎と彼の周囲にいたアイヌの人々の物語を再構築しようと試みる中で、父から聞いた昔話や叔父の手紙、現存する人物との対話や昔話、アイヌ民話などが幾層もに積み重なっていく。
由良の叔父である宗形三郎は、江戸から明治という時代の変革や、淡路から北海道という環境の変化に一切の戸惑うことなく伸びやかに適応し、海外の新しい農耕畜産技術を速やかに吸収しつつ、現地に住まうアイヌの人々と協力して宗形牧場を開いた。この牧場経営は一時期大いに繁栄するものの、やがて嫉妬や批判の対象となり、大きくどす黒い悪意に呑まれていく。
この物語はフィクションだけれど、結構な割合で実際の史実も含まれているそうな。なんでもモデルになった人物は著者の系譜に連なる人たちだという。とはいえ、いわゆる歴史小説のように時間の経緯に沿って一方向に流れる形態ではなく、色々な要素が複眼的に複雑に絡み合う。
まるで大きなジグソーパズルを組み立てていくように、最初のうちは枠とその周辺がおぼろげに形をなし、ある程度まとまったピースがぽんぽんと組まれ、やがて加速度的に終焉に向かい、全体像が完成する。お見事です。
北海道の開拓初期の時代やアイヌの風習など、いかに自分がそれらのことを知らなかったのかということを今更ながらに知りました。(この本はあくまでも小説だし、この本に書かれたことがすべてではないとは思うけど。)
特に、作中でいくつか語られるアイヌの民話はとても興味深いです。日本の各地に残る民話と色彩が異なるような気がします。神様がたくさん登場するからか、民話というより諸国の神話に近いような、なんというか。
(作中に紹介される民話とは別だけど、青空文庫に知里幸恵さんの「アイヌ神謡集」が収録されていました)
また、シャクシャイン(Saksaynu) というアイヌの部族の首長が松前藩に蜂起したという史実も、この本を読んで初めて知りました。日本史とってなかったので。。(トホ
シャクシャインと聞いて、ぱっと脳裏に浮かんだのは、湯河原幕岩の喜望峰にある5.11aのルート。あれが、それか。
日本の岩場100(関東)では「シャックシャイン」と誤表記されているけれど、クライマー間では「『シャクシャイン』が正しい!」と強調される、その理由がなんとなくわかったような気がします。名前を間違えちゃいけないよねってことで。
脱線した。
主人公の由良は、叔父の生き様を再構築する中で、アイヌの民との共生を選んだ叔父やアイヌの民に共感を寄せ、当時の和人の社会や対応を批判する。共感できる点も批判する面もなるほど理解できるけれど、彼女のように一方に思いいれや肩入れする明確な理由があるならば、正直、どんなにか楽だろなと自分は思う。
この本の中で起きた数々の出来事は、割合と今から近い昔の日本で起きたことなんだよな…と考えると、途端にもやもやと自分の目が曇るのがわかる。
著者も登場人物もみな一様に「こっち側においで」と手を振るけれど、その手をとる資格は自分にはないような気がする。
たとえ、「資格なんて問わないよ、あなたがどう思うか、なにを考えるか、それは個人の思想の自由だよ」と言われたとしても、きっと踏みとどまってしまうような気がする。難しい。。
ずっと昔から似たようなことはあったし、今でも人間は世界中で同じようなことを繰り返している。
世界は原初から現在と同じ国境線が引かれていたわけじゃない。さまざまな経緯があって今に至り、今でも領土や資源や宗教や風習や言語を巡って世界中で紛争が絶えない。
まぁ色々と考えてもキリがないのでやめておく。
祈ること、願うこと、思うこと、それだけが自分にできること。
人間の営みの中で僅か1代だけで一瞬の輝きを放って失われた、もうどこにもないユートピア。
北の大地の丘陵に広がる広大な牧草地に立ち、遠く麓の浜辺の町に向かって、もうそこにはいない人たちが穏やかな表情で手を振る情景が浮かぶ。そんな一冊。
週半ばはずっと冷たい雨の日が続いていたけれど、週末は幸いお天気の予報。
最近クラックが面白い。フェイスのボルトルートも楽しいけれど、クラックのほうがアルパイン的な要素が多くて自分には面白い。だけど、そんなに急激にグレードが上がるわけでもない。登りたい気持ちはあるのだけど、自分には登れないんじゃないかという不安がしこりのようにわだかまり、イマイチ気分が乗らない。むーん。。
土曜日の朝、都内を出発し9時少し前に城ヶ崎に到着。幸い駐車場はまだまだ空きがあって、ほ。ザックを担いでフナムシの岩場を目指す。すでに岩場にはクライマーさんや釣り師さんの姿がちらほら。
まずは、「初孫(5.5)」でアップ。5.12台を登るMさんにしてみれば、このグレードは「へ?」みたいなものだろう。
それでもいきなりリードで登ってもらうのはこちらも不安なので、最初はY氏がリードで登り、トップロープをセットして、Mさんは擬似リードという形で登る。登攀要素としては難しいところはないので、するする登る。さすが。
その後、自分もリードで登り。最後に、Mさんにリードで登ってもらう。
そのまま残置ロープを利用して、お隣の「オバステ正宗(5.8)」をY氏とMさんが擬似リードで登る。自分はトップロープで登る。このルートは100岩によると「岩が汚い、または脆い」ことを示す△マークが付いていて、「通常はTR」という注釈がある。
岩が脆いという印象はないけれど、下部のクラックが細いので、自分はちょっとリードで登りたいとは思えなかった。でもトップロープだと快適すぎて、なんとなく不完全燃焼。
Y氏が無事にRP。おめ。
自分はまだリードで登る自信がないので擬似リードで登る。ヘタレです。
上からロープで支えられているという安心感は心強くて、前回よりもジャミングが決まる感じがした、かな。。それでも自分がリードで登るにはまだ早いよなぁ…と、妙なもやもや感が募る。
プロテクションのセットは徐々に慣れてきたと思うけど、登る技術自体は遅々として向上しないので、無理して突っ込むのが怖い。
このとき、急に寒気が吹き込んで、冷たい北風が吹き付ける。さっきまでのぽかぽかと暖かい岩場が嘘のよう。
南からの雲に北風がぶつかり、上空を雲が覆う。ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
しばらく岩陰で様子を見つつ、夕方に合流する予定のTさんに連絡をとる。電話に出ないということはまだ登っているんだろう~ということで、目の前にある「ネッシー(5.8)」を登る。
トポの説明にあるとおり見るからにフレアードチムニーで、プロテクションを決める位置がわかりにくい。チムニー内部に半身を滑り込ませ、チムニー奥のなるべくキレイなラインにカムを決め、もぞもぞとしながら這い上がる。テラス上部にボルトがあったのでここで終了にしようと思ったけど、プロテクションが回収できなさそうなので、上の木を目指し泥付きの短い階段状を登る。
次第に周囲が薄暗くなってきたのでこの日は終了。岩場を出たところでちょうどY氏の携帯にTさんから連絡が入る。Tさんたちとはスーパーで落ち合うことにする。
Tさんたちもこの日はクラックをがんがん登ったらしい。潮の満ち干の合間を縫って取り付いたビレイポイントでのビレイが一番大変だったとか。
翌朝はユガマクに向かうTさんたちと別れ、自分たちはあかねの浜に。
このエリアは初めて…といっても、城ヶ崎自体あまり来たことがないし、訪れたことのあるエリアも1、2回程度なんだけど、なんとなく行ったことのない場所を見てみたかったので。
車道から明瞭な踏み跡に分け入り、ぽくぽくと歩くと10分弱で海岸沿いの遊歩道に合流。さて現在地はどこだろとザックを置いて視察。ほどなくあかねの浜への入口を発見。
岩場に降りると、溶岩の流れた跡が未だくっきりと残っていて、周囲にはかつて崩落したのだろう巨岩がごろごろと転がっている。全体的に上部は脆そう。
トポと照合してもどれがどのルートだかイマイチよくわからないので、Mさんが先行パーティの方に登っているルートを尋ね、他のルートをトポと照らし合わせる。
トポによると、フナムシロックのエリアは一番高いところで10mだけど、あかねの浜は15m。たかがというか僅かというか、5mの差なのに全体的に前衛なルートが多いこともあってかなんだか威圧的。
下部は砂砂ながらも快適。中間部の薄く被ったクラックが自分にはどうしてもこなせずに左に逃げる。右に戻り、右の張り出しに乗り込むとテラス。テラスの奥に大き目の浮石がある。万一どこかひとつのピースが外れたら崩壊しそうでちょっと怖い。その上はどっかぶりの水平クラックになる。いくらトップロープでも自分には無理なので、ここでロワーダウン。5.11a/bというグレードはおそらくこの上部の部分のムーブだろか。自分には到底無理だ。怖いという気持ちが先に立つ。
このルートを触り終えた時点でとっくにお昼過ぎ。岩場にいると、時間が経つのが本当に早い。
その後トライしたY氏とMさんはするすると登ってしまった。さすが。まぁ自分はフェイスのグレードも一進一退で万年ビギナーだから仕方ないか。。
それでも無理して飛びついていれば…登れたかもしれないけど、ゲキ落ちしていたかもしれないし、こればかりは神のみぞ知る。。かな。
*自分の持っている版の100岩だと5.7とあるけど、クライミングガイドの杉野保氏のサイトによるとこのルートのグレードは5.8とのこと。まぁたいして変わらないか。。
説明文によれば、「草付きとザラザラ多く、しかもプロテクション悪いときている。わざわざ登らなくてもいいかも。」とのこと。あはは。。(涙)
自分がやたらと時間を費やしてしまったせいもあって、ぼちぼち陽が傾き始めたので、この日はわずか2本にて終了。もうちょっと登れるように鍛え直さなくては。。あぁ。。
そういえば。前日まで雨が降ったためか、岩場についたチョークが黒い岩の表面に白く滲んでいて、悲しいくらい汚らしかった。
なので、登った後はちゃんとチョーク跡を掃除しよう。。と思ったけど、なんだかんだで今回もキレイにしそびれた。今度はちゃんと登った後にはブラッシングしようと思う。反省。
*** 今回登った(触っただけ)ルート ***
・初孫(5.5) - 再登。
・オバステ正宗(5.8) - TR。トップロープ最高(笑)。
・パープルシャドウ(5.8) - TR。擬似リードといっても所詮はTRなり。落ちない安心感は絶大。
・ネッシー(5.8) - OS。チムニーはなんだか安心感があって好き。もぞもぞごそごそするので、服のあちこちが擦り切れるけど。テラスでピッチを切れず、上部泥壁を登り返して終了。
・広目天上(5.11 a/b R) - TR、途中まで。自分がかつて触ったルートの中で最も高グレード(自虐的笑)。
・イソギク(5.8) - 敗退。ううう、夢に見そう。。時間をかけ過ぎてごめんなさい。。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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