2日目、8月10日(日)は朝3時15分に起床。なにしろ前夜、というか夕方6時過ぎに寝付いたので、睡眠は十分。。なハズなんだけど、まだ眠れそう。。
出発前の週は睡眠時間が短い日が多かったので、快調! にはちょっと物足りない。
外はまだ真っ暗。テントの中で各自手早く朝ごはんを済ませ、テントを撤収。見ればすでに1パーティが出発した模様。早いな~。
4時頃に奥黒部ヒュッテでトイレ&水の補給。この日はひたすら稜線歩き、コースタイムにして約13時間の行程なので、水はたっぷり4リットルを用意。
4時20分に、読売新道をいざ歩き出し。
奥黒部ヒュッテは標高約1500m。目指す第一のチェックポイントである赤牛岳は標高2864.2m。コースタイムで7時間。長い樹林帯歩きなので、気持ちを奮い立たせないと気持ち負けしそう。
歩き出しから30分も経つと、次第に空が明るみ始めました。5時過ぎに「読売新道8分の1」と書かれた標識のある地点に到着。ヘッデンを消して、黙々と歩き続ける3人。標高が低いこともあり、朝早い時間だというのに気温はそれほど低くなく、すでにして汗ぐっしょり。
読売新道は2001年にコースが整備されてから登山者が増えたとのことだけど、なるほどルートはしっかり整備されていました。
のっけから急登続きで、木の根だらけの道や岩の巻き道、砂砂のガレ場(1箇所)など、なかなか手強いルートですが、これだけ整備が整っているのはさすが一般登山道。
枝尾根から枝尾根へと渡り、次第に本尾根に詰めていくので、急登続きといえども、合間に平坦な箇所もあったりして、5万分の1の地図で見るよりも、実際にはなかなかメリハリのあるコースです。
とはいえ、登りよりも下りで使う人が多いためか、「8分のX」の標識の間隔は、上に上るほど1区間が短くなる印象でした(8分の2から8分の5までは、下りが苦手な人はタイムロスしやすい岩がちの道が多い。1箇所だけ90度に曲がる箇所があり、天候が悪いと枝尾根をそのまま降りてしまいそうになるところにトラロープあり。その他の箇所は、標識もしっかりしていて、迷うところはありません)。
地図上に記された「雨量計あり」のポイント(8分の5)に到着すると、ようやく周囲はすっかり背の低い潅木ばかりとなり、遠くの山々の稜線が見渡せるようになりました。遠くにはるか来た黒部湖。
←とお~くに黒部湖が見えます。思えば遠くに○○もんた(古)。
立山や室堂、薬師、烏帽子岳~と、風景を満喫。やっぱり森林限界を超えると気分が盛り上がりますな。
展望が開けたこともあって、空とそこに続く稜線しかない風景は、ほんとうに絶景。
こじんまりとしたお手製のような雨量計はともかくも、人工的な夾雑物はいっさい視界になし(室堂の建物類も見えず)。
ガレた岩場、ハイマツの分け道、真砂のトラバース道を進んでいくと、そこここに高山植物が咲き誇っていました。
赤牛岳の山頂手前では一気に標高を上げるので、空を仰ぐような位置に目指す目的地。それでも丹念に一歩一歩進んでいけば、いつか到着するはず。。! と心の中で自分を励ましながら、澄み切った青空の下を歩けることがほんとうに楽しい。
赤味を帯びた岩のガレ道をジグザグと上って行き、ついに赤牛岳山頂に到着したのは9時半過ぎ。コースタイムにして7時間のところを5時間で消化。エスケープルートがないだけに、長めのコースタイム設定となっているのでしょうか。さて。
赤牛岳山頂には先行パーティの方たちが休憩中。自分達を含めて2パーティのみ。
山頂にてお湯を沸かしてコーヒータイム。温かい飲み物がうまい。まったりと30分近くも休憩。
眼下に横たわる黒部川を見て、奥ノ廊下の長さをつくづく実感。いつか遡行してみたいけれど、ほんとうに長いなぁ。
赤牛岳から水晶岳までは2時間40分の行程。緩いアップダウンの稜線の道で、思う存分絶景を満喫。ただ、この手の道は、思うほどには足がはかどらない。
水晶岳に向かう左手、長野側の稜線直下にはいくつか雪渓の残るなだらかな土地があり、どうやらビバーク地として用いられている様子。
ケルンの並ぶなだらかなガレ場を過ぎてしばし岩がちな道を登ると、温泉沢ノ頭の分岐に到着。
前方右手のはるか下に、秘境の湯として名高い高天原山荘の赤い屋根が見える。
温泉沢ノ頭から高天原山荘へ下る尾根はガレの急坂で、見た目は近いけれどなかなかしんどそう。
「温泉いいな~」と誘惑にかられつつ、水晶岳に向かう。ここからアップダウンが顕著になり、土のトラバース道とゴツゴツした岩が露出する道が交互に現れる。赤牛岳に比べたら浮石は格段に少ないけれど、しんどいのはどっちもどっち。
右手に見える野口五郎岳は、真砂が露出してまるで初冠雪を被った頂みたい。「写真を撮って、『北アルプスに初冠雪!』といってHさんに送ったら信じるかもよ?」と自分が言うと、Y君が「これ以上信用をなくしたくないし」と躊躇。まぁ悪い冗談でございます。
←はるか前方に水晶岳。「水晶が採れる」ということなので、かなりwktkだったのですが、どうも玄武岩っぽい岩塊で内心がっかりしたのは内緒です(国立公園内での鉱物の採取は事前の申請が必要です。はい)。
水晶が採れるのは山麓のみなのだそうです。そういえば、温泉沢ノ頭の手前は長石っぽい岩がごろごろしてキレイだったな。。
2986mピークの手前からは、周囲はすっかり黒い岩塊の道に変化。ハイマツと黒い岩の塊しかない。目前に聳える水晶岳は黒い岩でできた天然要塞のよう。
「ヨーロッパのお城みたいだよね」とY君2。「あー、モンサンミッシェル? 似てるかも」と自分。とにかく、なんともカッコいい。
最後の岩ガレの急登を登ると、水晶岳山頂に到着。山頂にはすでに多数の人。水晶岳山荘からピストンしてきたらしく身軽な登山客が多い。
「どちらからいらしたんですか?」 との問いに、「読売新道で奥黒部ヒュッテから」と答えると、「おぉ~、そりゃすごい。たいへんだったでしょう」と労いの言葉をいただく。でも、この時点でまだ全行程の4分の3なんだな。
風景を楽しみ写真を撮った後、下山開始。なにしろ、まだまだ行程は長いのだし、と。
水晶岳の下りは岩場の急坂。一気に標高を下げると、なだらかな稜線の先に水晶小屋が見える。あぁもうちょっとだ~。
というわけで、水晶小屋に到着し、Y君その2と自分は早速缶ビール(350ml、600円也)を購入。うんまい。
近くの雪渓からとってきた雪塊で冷やされていました。うんまい。
さて、この先の行程はなだらかなハズ。。と思っていたけれど、意外に渋い。
水晶岳からワリモ北分岐まで滑らかな稜線を一気に降り、ジグザグの急坂を一気に下る。
これだけ一気に下ったら、また登り返さないといけないんじゃあ。。という不安はばっちり的中。
祖父岳まではなだからな上り坂なのだけど、本日すでに11時間以上も歩き続けてきた身には、トドメのような登り坂。
あまりにのっぺりしすぎて、あまりにケルンが点在しすぎて、濃霧の中では道迷いしそう。
←なぜこんなにケルンだらけなんだろ?
自分としては、とてもシュールで荒涼とした光景で好きだけど、なぜか無性に嵐が丘ゴッコがしたくなった。あぁヒース、ヒースクリフ!(嘘w)。
山というよりも岩の丘。今過ぎてきた水晶岳の威容もくっきり。鷲羽岳の山容も間近。薬師に野口五郎岳もくっきり。どこを見渡しても山、山、山。そして目の前には、雲ノ平の湿原地帯。
北アルプスのほぼ中央は、まさに別世界。
岩岩した祖父岳の登山道を下ると、眼下に本日のキャンプサイト。ただし、植生保護のためまっすぐ降りることはできず。木道で大きく迂回しなくてはなりません。ゆる~い道とはいえ、長いことがすでにして苦痛。
みなで悪態をつき(もちろん?自分が一番罵詈雑言を吐いた)つつも、道を進んでいくとスイス庭園に出ました。
多分、これほどまでに疲労困憊していなければ「うっわ~♪のわんてステキなお花畑なの。しゅてきぃ~、夢みたい~」と感動するのでしょうけれど、残念ながらそんな元気は1ミリも残っていませんでした。
これで感動しなければ、自分も相当女子力が衰えているのだと反省すべきかもしれませんが、よくよく考えてみたらそもそもソフィーは黒部湖の端から12時間かけて自力で歩いてきたりしてませんもん。
雷岩の分岐に到着したのがほぼ16時。歩き出し(4時20分)からすでに12時間弱が経過。
ここで荷物を降ろし、お財布だけを握り締めて雲ノ平山荘へ。キャンプサイトの受付をし、ビールを購入。往復30分で再び雷岩に。荷物をピックアップして、テン場に移動。
テントサイトはすでにほぼ満員御礼状態で、かなりの賑わい。
どうにか空いている場所を見つけ、テントを張り、水の補給やらトイレやら夕飯の準備やら。
奥黒部ヒュッテで4リットル用意してきた水は残りほぼ200ml程度。水晶小屋でビール350mlを追加補給しているので、プラマイゼロというところ? 暑い一日でした。
雲ノ平キャンプ場は、水が豊富なのはとても良いのですが、いかんせん湿地帯ということもあり、あぶやら蚊やらの虫が多数。
蚊取り線香必須かもしれません。自分もけっこうくわれました。
自分はすっかりぐったりで、テントの中でしばし昼寝。外では若者2名が元気に夕飯の支度を進めていました。ありがたや。
夕飯ができたところで、ビールで乾杯。
「みんなよく歩いたよ~」とお互いに手放しでベタ誉め。でもほんとうに、トラブルにも見舞われず、みんなよく歩き通したと思います。誰に賞賛されなくとも、自分たちだけの自己満足だとしても、この行程を歩きとおした充実感は今振り返ってみてもひとしおです。
この日の食担は、Y君その2。長時間行動した後なので、インスタントラーメンとアルファ米が腹に沁みる。瞬速でアミノ酸レベルに分解され、吸収されました。うまかった。
そんなこんなで、ご飯を食べてコーヒーを飲み終わるやいなや、自分は速攻寝落ち。
いや~ほんとに疲れたんですってば。
で、翌日若者2名から「寝るの早杉」とバッシングw
「Y君2が面白い恋愛話でもしてくれたら起きていたんだけど」と答えると、「面白いネタなんてないもん」と、ネタにマジレスされました。
今回歩いたコースは、次のとおり。
前夜発: ムーンライト信州号で信濃大町駅
1日目: 信濃大町駅-(タクシー)-扇沢-(トロリーバス)-黒部ダム-平の小屋-(渡し舟)-東沢出合キャンプ地(奥黒部ヒュッテ)
2日目: 東沢出合キャンプ地(奥黒部ヒュッテ)-読売新道経由-赤牛岳-水晶岳-水晶小屋-ワリモ北分岐-祖父岳-雲ノ平キャンプ場
3日目:雲ノ平キャンプ場-祖父岳-ワリモ北分岐-鷲羽岳-三俣山荘-三俣蓮華岳-双六岳-(稜線ルート)-双六キャンプ場
4日目:双六キャンプ場-弓折岳分岐-鏡平山荘-(小池新道)-左俣林道-新穂高温泉-タクシーで松本駅-急行あずさで帰京
北アルプスをまだくまなく歩いたわけでもないのに、いきなり読売新道デビュー。
本来ならば、表銀座や裏銀座を歩きつくしたあとでとるべき? 選択肢かもしれませんが、北アルプスの縦走路をすでにあちこち歩いてしまったY君の計画に乗って、北アルプスビギナーの自分と初北アルプスのY君2の2名が便乗。表街道から正面切って訪れるのではなく、いきなり裏道から入るというのも、激混みが予想される夏山の混雑を避けることができてなかなか乙な経験でした。
黒部ダムでトロリーバスを降りて、黒部湖のほとりをてくてく歩くこと約3時間。
平の小屋の渡し舟は6時、10時、12時、14時(夏季のみ)、17時なので、12時の舟に乗れればいいか~と、黒部ダムの放水を眺めたりトイレに行ったりと、気持ちのんびりめで出発。
←トロリーバスの終点から黒部ダムへ。この写真の奥に見える山の麓が1日目の目的地(だと思う)。遠いな~。。
ダム湖の緑色の湖面がキラキラと輝いてとても美しく、等高線に沿って整備された割合平坦な山道。ちょっとハイキングでも~という気分で歩いても気持ちよさそうだけど、終点が遠いのであまり万人向けではないかも。
やっぱり黒部湖は大きいな、ということだけは確実に実感できます。
途中で平の小屋の屋根が見え、これはもしかしたら10時の渡し舟に間に合うかも? と、なんとなく気もそぞろ。
「小屋が見えてからが長いんだよ」という噂どおりに、見えてからの距離も長かったです。なにせ等高線に沿ってくまなく陸地を歩いていくので。九十九折のように、曲がれども曲がれども、その先には道が続いている。
左手の湖面の方からガルベという遊覧船のアナウンスがかすかに聞こえ、「乗せてくれ~」と切ない気持ちになってみたり。
まもなく平の小屋かな。。というところで、Y君が小走りで斥候。湖面の方からエンジン音が聞こえ、乗客の数を伝える無線の声が。いやな予感を抱きつつ曲がり角を曲がると、あ、小屋。時すでに10時5分。
で渡し舟は。。。と見ると、すでに離岸中。あぁ。。切なす。
「自分だけなら間に合ったんだけど、全員揃わないとダメだって。荷揚げがあるから待てないんだって」とY君。
捨てられた子犬のようなしょぼんとした面持ちで、はしけから渡し舟を見つめていると
舟の方から、「全員ですか?」 とのありがたい声。
「はい、揃いました!」
「荷揚げ終わったら戻るので、待ってください」
渡し舟の所要時間は10分強。対岸に渡るためだけに2時間待ちにならずに済み幸いでした。
10時の渡し舟に乗れるかも! ということで、途中から休憩なしで飛ばしたので、舟を降りて登山道に上ったところでしばし休憩。
さて、これからは2時間で本日のキャンプ地へ。
渡し場の先からは黒部湖の幅が徐々に狭まり、脆い岩肌を切り拓いた山道が等高線伝いにくねくね。
このルート、地図には「上下の激しい梯子多数/転落注意」との注意書きがあるので、いったいどんなところだろうと恐る恐る?歩みを進めていくものの、しばらくは普通の山道。
ただ満々と水を湛えた湖の姿はもはやなく、右手の眼下にはごうごうと飛沫を上げてダム方面に流れていく水流が木々の間から見える。
どんどんと人の住む領域を離れて、山の深いところに分け入っていくんだな。。と感慨深し。
アップダウンはしんどいけれど、梯子がなければとてもじゃないけど先に進めない。
←こんな感じ( ▽|||) なかなかワイルド。でも足場はしっかりしています。ありがたや。
風化した脆い山塊の、雪深いこんな場所に、足場を整備し維持する人の労力を想像するだけで気が遠くなる。
川の流れが湾曲した部分では、広く白い真砂の河原が広がっていて、山の中に突然南の海のプライベートビーチが出現したような印象。
じりじりと気温が上昇する中、暑い山道をひたすらてくてく上り下りしているよりも、いっそあの山の中の浜辺で昼寝をしたい誘惑にかられる。
あのときも、こんなところに人の通う道があるのかと驚嘆したけれど、今回の方が人里離れ度高し。
←秘境のプライベートビーチ(?)。こんな場所にパラソル立ててカイピリーニャ啜りつつまたーり読書~とかステキなんでわ。でも上流部で雨が降ったらOUT。
もう何度登って降りたかわからなくらいアップダウンを繰り返し、徐々に平坦になった道が開け、いざとなったらここでキャンプができそうだなという砂地をさくさく踏みしめていくと、川に大きめの木橋がふたつ。
東沢谷を渡った対岸に、この日のキャンプ地である東沢出合キャンプ地がありました。12時少し前に到着。
開けた砂地のテント場は快適。すでにテントがひと張り。どうやら渓流釣りの人たちの様子。
早速テントを張って荷物を仕舞い、お財布を握り締めて奥黒部小屋にて受付&ビール。
缶ビール(500ml)が700円、350mlは500円。これほどまでに山深い場所でもビールが手に入るのだから、北アルプスはすごい。
小屋の前のテーブルに陣取りビールで乾杯。と、パラパラとにわか雨。雨に降られる前に到着してよかったね~とそそくさとテントに避難。幸いにも雨はすぐに止んでしまい、夕食までのひとときを河原でまったり。
水の流れは痺れるほどに冷たい。
河原には釣り人が3人ほどいて、本日の夕食といって川魚を1、2匹捕まえていました。いいなぁ。そんなに簡単に釣れるものかな。。と水の流れを覗いてみても、ちっとも見当たらない。どこにいるんだか。
本気で河原で寝落ちしてしまいそうだったのでいったんテントに戻ったものの、自分が、渡渉前後で地図を取り出した拍子に日焼け止めを落としてしまったので、それを探しに再度河原に出動。めでたくY君が見つけ出してくれました。ありがとうございます。
まだ外が明るいので、山に囲まれた静かなテン場の、テントの前にて夕飯。
テン場には自分達を含めて計4張り、ちょうど10人。小屋泊まりのお客さんは11人(靴の数で推測)。
世界が100人の村だとしたら、ここは一大共和国として勢力を誇れそうですが、実際には1億以上もの人間がひしめく日本のお盆真っ盛りの行楽期に、たったこれだけの人しかいないというのも、なかなかすごい話。
明日は長い一日だから。。ということと、前夜の夜行列車であまり睡眠をとれなかったので、夜6時過ぎには早々に就寝。
て、別に誰も探そうとは思わないと思うけど(泣笑
しばし酷暑の下界を離れて、北アルプスを歩いてきます。
先日、@コスメの口コミをちくちく削除しました。といってもすんごい昔に書き込んだ2件だけだけど。
@コスメを運営しているアイサイトが、サイバーエージェントのお友達企業でおたがいべったりで、どうもいい加減うんざりしたので。
NOATOの件では、サクラを野放しにしたり、逆に警告していた有益な口コミを削除したりで対応最悪だし、そのうえ@が口コミを10個セット30万ぽっきりで企業様に販売していると聞いて、激しくもにょりました。
ま。@だけじゃなくて、Mixiもそう。むしろミクシの方がCAのマブダチ(死語)でしたね。
@、ミクシ、アメブロみたいな囲い込み系のネットコミュニケーションビジネスは、どうもなぁ。。
確かに目の付け所は秀逸だし、サーバー管理などを考えたらボランティアでできることじゃないし。
ビジネスである以上、儲ける必要があるのは理解できるけど。
ユーザーは金蔓。
これだけ明白に意図を示威されると、ほんとにもにょる。
ま、新興企業の彼らが自助努力だけでこんなに大きくなったわけもなく(それなりの努力はあっただろうけど)。
背後にちらつくD通だのH堂だの商社系だのIPO主幹事様だののいわゆる大企業から、バー系芸能プロダクションだの某5○組だのといった雑多な種族まで、お金と権力が大好きな魑魅魎魍が跳梁跋扈。
こわいなー。。(棒読み
そんなわけでわずか数日間とはいえ、山の中でただ歩く、食べる、眠るというシンプルな生活を過ごして、少しだけでも浄化されてきたいと思うのでした。
北鎌尾根の核心部をそっちのけで、次の山行記録に手を出すのももどかしいのですが。。
先週末は、南アルプスの鳳凰三山に突き上げる野呂川・シレイ(白井)沢を遡行してきました。
去年、北岳に向かう途中のバスの中で「昔、この沢を登ったよ」とH師匠が車窓から指差した沢。
スーパー林道のすぐ脇の、ごろごろと赤茶けた岩が転がる急な傾斜の地帯に、冷たそうな水がだばだばと流れ落ちていて「こ、こんな沢を登るのか」と怯んだ覚えと「上流は花崗岩地帯で、きれいなんだよ」という師匠のコメントが印象的でした。
出発前に遡行記録をあれこれ読み漁ってみると、どれもこれも沢上部の花崗岩地帯の美しさを賞賛するものばかり。
あの赤茶けた沢の奥には、そんな素敵なエリアがあるのかぁ。。と期待は高まるばかり。
出発前はずいぶんと体調が思わしくなかったのだけど(おそらくとてもそうは見えまいw)、この機会を逃したら次のチャンスはほとんどなさそう。。ということで(自分的に)強行。
金曜日の夜に都内を出発し、一路南アルプスの玄関口、芦安を抜けて夜叉神峠へ。
最後のコンビニで追加食料とお酒を購入。今年初めての泊まりの沢で、3級の沢というグレードのこともあり、軽量化重視でお酒は控えめ(後で激しく後悔^^;
日付の変わる1時間ほどまえに夜叉神の駐車場に到着すると、すでに8割方の駐車率。
夜叉神峠から広河原に向かう始発のバスは朝5時半。朝早く出発しても水がまだ冷たいだろうから、のんびり起きて8時発のバスに乗ろう~ということにして朝まで仮眠。
土曜日の朝、空は少し雲があるものの概ね晴天。
朝ごはんを食べ、沢装備を整えてバスの到着待ち。リーダーのTさんが、運転手の方に「シレイ沢で下車したい」旨を告げると、ほんのりハードボイルド風味の運転手さんが「(アンタらカッコを見りゃ一目瞭然さ、)乗りな」と目で合図(妄想です)。
天然水と並ぶ南アルプス名物(?)ジャンピングバスに揺られること約30分、7時半過ぎにシレイ沢手前のカーブで下車。
シレイ橋の脇から沢に降りる工事用のロープを拝借して、クライムダウン。
いざ、8時50分に歩き出し。
トポでF1、F2とあるあたりは、崩壊が進んだのか圧倒的なただの赤黒いガレ。
岩はヌルヌルだし、浮きまくっているし、迸る冷たい水の流れに目が覚める思い。
左岸支流の堰堤工事現場を横目にガレ場を登り続けて行くと、周囲は一転して深い緑の渓谷。
全体的に岩がヌメヌメしていて、さらに苔生しているので、とにかく滑る滑る。
「アクアステルスが苦手とする沢」という情報を事前にネットで目にしたので、今回はウェービングシューズを用意。これは正解でした。
見た目といい滑り具合といい蛇紋岩かなと思っていたけれど、後から調べてみたらこの地帯はホルンフェルス層とのこと。ホルンフェルスとは花崗岩となるペグマタイト(マグマ)が貫入した際に、接触により熱変性した周辺の堆積岩(泥岩・砂岩)とのこと。
薄暗い谷間のF3の右岸を巻いて上がると、すぐにF4(2段10m)、F5(12m)のちょっとした連瀑帯。
V字型の谷の底にいると、ばくばくと流れ落ちてくるホワイトウォーターの勢いに呑まれそう。
ここは、右岸の草付きの踏み跡を辿ってクリア。振り返ると背後に北岳。
なんかすごい。スケールがでかい。
F6(6m)はナメ滝。小ぶりな滝の釜には風化した花崗岩の真砂が堆積し、エメラルドグリーンの水がうすく広がって日本庭園のよう。
F7(6m)は直瀑。岩がヌメヌメしているのと落ち口が狭いことと、左岸は岩が迫っているので、右岸を高巻き。
F8(10m?もっと高いと思う)はトポにはなにも記述がないけれど、これまた落ち口が狭く直登できそうにないので左岸の岩場からとりつく。
どうやら先行者がいるらしく、ところどころの岩や砂地に明瞭な踏み跡を見つける。
10時ちょっとすぎ、トポに「倒木」と書かれた地点を過ぎたあたりで1回目の休憩。黒っぽい岩で構成された谷の水底には真砂。学校の校庭みたい。陽射しを受けて雲母や長石がキラキラ光り、とてもきれい。
次第に気温も上昇してきたようで、水の冷たさにも段々と慣れてくる。
相変わらずヌメヌメする黒い滝をいくつか登る。次第に沢幅が広くなり、明るい沢相になってくる。
振り返ると、北岳がさっきより大きく見える。今年の雪渓は多いねぇとか、バットレスはあそこ、D沢の取り付きは蝶々型に雪渓の残るあそこかな。。と話し合う。
F16(15m)は右岸を高巻き。枝沢をトラバースして本流に戻ると、前方に先行パーティの姿がちらりと見えた。
F17(12m)は水流の左を登る。F18(15m)手前で先行パーティに追いつく。トポには右岸の高巻きが示唆されているが、自分たちは左岸を高巻き。踏み跡明瞭。このトポはどうも信用できない。
人が入っている沢は高巻きが楽でありがたい。まさにちょうど、というところで沢に戻れるので、一般登山道を歩いているような気分になる。
ここまでとくにロープを出すことなく、淡々と水流の中を歩き、滝を登ったり高巻いたり。
歩いて登れるメンバーが揃っていると、スピーディでいい。
ぬめぬめとした黒岩から、山吹色の岩に変わる。まだ花崗岩じゃない。でも岩の色が変わると、沢の見た目もぐっと変わり、明るい沢になる。
と、右手にまるんまるんとした巨大な花崗岩のスラブ。
あまりに突然の変化で、びっくり。
稜線まで露出した岩が続いている。奇妙なオブジェに見えなくもないや。しかし突然すぎてびっくりだ。
さて、いよいよ「白い滝」のお出ましか。。と、期待に胸を膨らませながら淡々と歩き続けると、突然先頭を歩くTさんが振り返りニヤリ。Tさんが指差す前方と見ると、
うおぉぉーーーーッッ!!!!!(奇声)
そこだけ切り開いたかのような広い空間の先に、白い一条の水流がすーっと落ちていました。
白い滝にはこじんまりながらも、水を湛えた美しい釜もありました。
そりゃもう釜を見たら、飛び込まずにはいられません。さっそくザックを置いて、ドボンしました。つべたひ。。あぁでも気持ちいいなー。
白い滝(F21、25m)は右岸を高巻くのが正解(?)らしいのですが、自分たちはトポと同じく左岸のスラブを登りました。
4級程度のムーブとのことで、まぁ岩がしっかりしていてクライミングシューズならどってことないのですが、いかんせん岩がボロボロだわ沢靴だわで心許なし。なかなかシビアでしたが、面白かったです。
キレイな滝を過ぎると広々と明るい沢になり、それまでとは別の沢のよう。
二股の右俣を進み、F23(15m)を右岸から高巻き、流れから少し離れたとこを幕営地としました。
まるでしつらえたかのように真砂が敷き詰められ、なかなか快適なビバーク地。
時折ガスが昇って来たり下がってきたり、遠くから雷の音が響いてきたりしましたが、結局雨に降られることもなくラッキーでした。
翌朝6時半に目を覚まし、朝食を食べて撤収作業。少し雲がでているものの、今日も青空。
朝イチに濡れた沢靴下に足を入れる瞬間がたまらん~><
幕営地から少し上がったところで奥の二股に到着。この辺りは一面から水が染み出す湧水地帯。
最初は右俣を少し進んだところで引き返し、左俣へ。すぐに水流がとぎれ涸滝地帯に。
F25(8m)のルンゼを左側から高巻きで越えようと踏み跡を辿っていくと、ぐんぐんと沢筋から離れていきました。
あれれれ。。
心の準備もなく、沢とお別れだなんて、呆気ない。。
(トポには書いてあった。。)
そのまま尾根筋を詰めていき、シラビソの中を抜けてハイマツを交わして真砂のザレ場に到着。
印象的な観音岳の山頂を左手に眺めながら直上し、9時半に登山道に合流。
登山道の端でしばらくのんびり。ザレた真砂と屹立する花崗岩の岩群が美しいところ。
ゆっくりとゆっくりと地中深いところで結晶化したペグマタイトが隆起して地表に現れ、その純粋な結晶の大きさゆえにゆっくりと凍結融解作用によって風化して崩壊していく悠久の時間を考えると、人間なんてちっせーなと胸を打たれます。ほんとに。
沢装備をしまい、10時15分過ぎに夜叉神峠を目指して一路下山開始。
覚悟はしていましたが、結構長い道のりでした。2時過ぎに夜叉神峠に到着。
途中で右膝裏に痛みが生じて辛かった~。。
プロローグだけで放置するのもなんなので、記憶がどうにか鮮明なうちに北鎌尾根の話。
前夜、都庁地下駐車場から白馬方面行きのツアーバスに乗車。
この地下駐車場ではアイドリング禁止令が出ているため、駐車場自体もバスの中ももわもわっと暑いのなんの。。おえっぷ。
スキーならまだ適当に休めるのでいいのだけど、登山で夜行バスの場合には、いかに睡眠を確保するかが重要。
でもまぁ、たいていよく眠れなくて1日目は使い物にならないわけで。
案の定、足がむくんで痛くてあまり眠れませんでした。
■穂高-中房温泉-燕山荘
ボヤボヤっとした頭のまま、朝4時半に穂高駅前で下車。バス停の側では、登山客の到着をタクシーが待ち構えていました。なもんで、さっくりタクシーを捕まえ、いざ中房温泉へ。
空の半分くらいは雲が広がっていたけれど、タクシー運転手さんがしきりに「今日はいい天気になる」と仰るので、そいつは良かった~と期待。
穂高からちょうど1時間ほどで山奥の秘境、中房温泉に到着。
自分たちが到着した時点では、まだ10人未満の登山客が支度を整えている程度でしたが、朝ごはんを食べている間に次々と人が到着し、結構な賑わいに。
さすがは北アルプスの表銀座ルート。
(この中房温泉は、以前は入浴できるのは宿泊客のみだったそうですが、現在は日帰り入浴も可。)
朝ごはんを食べ、水を詰めて、日焼け止めを塗りたくった後、5時45分頃に歩き出し。
しばらくは長い樹林帯。北アルプスの3大急登のひとつだそうで。
今回は北鎌尾根攻略が目的のため、軽量化重視で小屋泊まり。
多少のガチャ類はあるけれど、テント・自炊装備がないので、ありがたし。
第1ベンチ、第2ベンチ、第3ベンチでそれぞれ小休止をとりながら歩みを進め、7時半に富士見ベンチに到着すると、はるか遠くに富士山のシルエット。空はすっきりとした青空。じりじりと気温が上昇し始め中。
階段と平坦地の連続でふーふー言いながら歩き続けると、次第に視界が開けてきて、標高2000m辺りから高山植物がちらほら。大天井方面の稜線の向こうに槍ヶ岳の穂先がちょこんと見えてきたりして、ようやく楽しくなって参りました。
それまで土だった登山道に、風化した花崗岩の路岩が現れ始め、褐色の砂砂した道がしばし続いたところで、8時前に合戦小屋に到着。
ここは夏はスイカ(!!)で有名な山小屋。小屋の柱にスイカ模様の小さなビーチボールが2つばかり揺れていました。
名物だし山でスイカなんてめったに拝めるものでもないので、勿論いただきました。1/8カットで800円也。甘くてうまかったです。
合戦小屋から先は割合と平坦な道で、すっきりとした青空の下、花を愛でながら歩き続けました。
目指す先に、印象的な大岩の断崖とその上にちょこんと赤い燕山荘が。う~む。なんだか日本離れした風景。
燕山荘に近づく頃には、高山にもかかわらずじりじりと陽射しがすっかり夏で、小屋の真下に広がるお花畑と、その脇に残雪の塊が、なんだか不思議。いったい今の季節はどれなんだ?
9時に燕山荘前に到着。ふ~、一仕事終えました。あとは稜線歩きだし♪(←甘い)
稜線に出ると高瀬川方面の視界が開けました。槍ヶ岳もくっきり。今日もばっちりとんがってます。
■燕岳山頂往復
燕山荘の脇に荷物をデポし、ほぼ空身となって燕岳山頂をピストン。
地図によれば、往復で1時間弱の行程だけど「空身なら30分くらいでいけるんでわ」とY君のプレッシャー攻撃が出ましたよ、また。
燕岳山頂に続く道は、モアイ像みたいに林立する風化した白い花崗岩と真砂の礫の稜線。カーンと抜けるような青空とあいまって、地中海の海岸にいるような妙な気分。
風化した花崗岩は、たぶん数千年とか数万年前だったら素敵なクライミングエリアだったことでしょうに。残念だわ。
地底深くにあるペグマタイトがはるかこんな高いところに露出するなんて、自然の妙というか、なんというか。ほんと。
また、砂砂した礫地には、高山植物の女王と呼ばれる(←知らなかった)コマクサが大量に花盛り。
なんでもこの辺りはコマクサの試験栽培地らしく、見事なまでにコマクサだらけ。
他の植物が生育できないような厳しい環境-高山の乾燥した砂礫地でしか生息できないのだとか。
ここは氷河期の生き残りと呼ばれるコマクサがたどり着いた最後の楽園なり。
←イルカ岩と呼ばれる岩や、面白そうな岩を攀じ登ったり、コマクサの写真を取りまくったりと寄り道ばかりで、ちっとも燕岳山頂に近づきませんw
めぼしい岩を片っ端から登ったら時間がかかって仕方ないので、行きはアタリをつけて登るのは帰りにしましょ~ということで、なんとか前進。
そんなこんなで、9時45分に燕岳山頂に無事到着。
満々と水を湛える高瀬ダムが太陽の陽射しを反射してキラリ。その先に室堂や剣岳。(その他にも色々と山座同定をしたのだけど、忘れてしもた。。)
さてと、燕山荘に戻りますか。。と、燕岳山頂までの道のりを振り返ると、ほんとうに別世界。まるでヤマケイJOYのカラーページwのよう。
■燕山荘-大天井ヒュッテ
10時ちょっとすぎに燕山荘に戻ると、山荘周辺はすっかり人、人、人。。
んで、まだまだ下から続々と人があがってきます。
まぁ連休ですもんね。
空いたベンチに腰掛けてお昼ご飯を食べた後、10時50分少し前に出発~。
燕山荘から先は稜線歩きだから余裕~なんて考えていたけれど、これは大いなる誤算でした。。
すっかり陽射しが暑く厳しくなるものの、稜線上では実に逃げ場がありません><
しかも東から湿った熱風が吹き上げてきて、むわむわミストサウナ状態。
←有名?な「蛙(げえろ)岩」。蛙には見えないけどな。。
これまた登山道周辺を埋め尽くすかのようなコマクサの群生に癒されつつも、暑くて暑くてかなわん~と半ば水のみ歩きマシーンと化しつつ、なんとか歩き続けました。
あちかった。。。
11時半過ぎに大下りの頭を通過。休憩をとらずに一気にガレた頁岩の道を下り、高山とはとても思えないムシムシした山道を抜け、喜作レリーフにたどり着いたのが1時前。初めて拝みました。
切通分岐点を通過したら、きっとすぐに大天井ヒュッテが現れるはず~と期待を胸に、大天井岳の巻き道を歩いて尾根を越えても越えても。。。うう、まだ先が続いているよママン。
まぁ、そんなこんなで13時50分前に無事に大天井ヒュッテに到着しました。
いやぁ、暑かった~。。
今年の大天井ヒュッテは、6月20日に除雪作業が終わったそうで、1ヶ月前は雪の中に埋もれていたそうです。
小屋の受付には、「本日の夕食は『トンカツ』です」と書かれた紙がありました。はぁ、と、とんかつ。。
合戦小屋のように山麓からケーブルカーで簡単に荷揚げをできる場所でもない、こんな山深い場所でまさかトンカツが食べれるとはいったい誰が予想したでしょうか(いや、しない)。
人間の飽くなき欲望と技術の進歩に乾杯です。
というわけで、荷物を置いたら早速ビール。
お腹が空いて夕飯まで待てそうにないので、カップラーメンを啜りつつ。
で、夕飯までひと眠り。なにしろ前夜は高速バスであまり眠れなかったので、コンマ1秒で爆睡。
夕飯の前にごそごそ起き出して、飯はまだかまだかとソワソワ。
自分たちが到着した時分には、まだ登山客の数も少なかったのですが、続々と人が到着し始めました。
ヘルメットやピッケル、ロープなどの装備がザックからチラ見されるたびに、「あの人たちも明日北鎌にいくのかなぁ」「ほかにロープが必要なルートとかないしね。。」とヒソヒソ。
自分もまた、ザックに入りきらずにヘルメットを外付けしていたら、「北鎌に行くの?」と問われたこと数回。
えぇまぁ。。。テヘ、と気恥ずかしいような誇らしいような。
本当に有名なクラシックルートなんだな。。という実感が後から後から湧いてくるという感じ。
5時に夕飯。正真正銘トンカツでした。すげーな。
食後、まだ日の残る山荘の外で、ビールを1缶。6時過ぎという山時間としてはかなり遅い時間になって、団体様が到着。どうやら台湾から遠征に来たグループのようでした。
夕方昼寝をしたにもかかわらず、猛烈に眠いこと。
んで、7時ちょっとすぎにさっさと就寝。なにしろ明日は長い一日だしな。。。と。
海の日の祝日を含む週末の3連休。北アルプスの北鎌尾根を歩いてきました。
後回しにすると、すっかり面倒くさくなってしまいそうなので、ざざっとコースタイムだけ列記。
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■前夜発:新宿(22:30)-穂高(4:30頃)-中房温泉(5:30頃)
■1日目:中房温泉(5:45)-第1ベンチ(6:30)-富士見ベンチ(7:30)-合戦小屋(7:53)-合戦沢ノ頭(8:17)-燕山荘(9:02)-燕岳山頂(9:45、寄り道しすぎw)-燕山荘(10:08、昼食)-燕山荘発(10:48)-蛙岩(11:16、げえろいわ)-大下りの頭(11:33)-切通分岐点(13:03)-大天井ヒュッテ(13:47)(泊)
■2日目:起床(3:00)-大天井ヒュッテ発(3:40)-貧乏沢入口(4:00)-雪渓歩き(5:13)-雪渓末端(5:31)-天上沢出会(5:55)-北鎌沢出会(6:23)-北鎌沢左俣に入り、引き返すことに(6:55頃?)-北鎌沢右俣分岐(7:07)-北鎌沢右俣途中の右俣への分岐(8:22)-雪渓下部(8:35頃?)-雪渓上部(8:45頃)-北鎌コル(8:52)
北鎌コル発(9:00頃)-P8(9:18)-P9 天狗の腰掛(9:55)-北鎌沢左俣源頭部(10:25)-独標トラバース箇所(10:45)-オーバーハング岩(10:55)-チムニー(11:05、独標上部は踏まずに、そのままトラバース)-P11(11:30)-P12(11:53)-P13(12:13)-クラック状岩を直登-P14(12:33)-P15(13:20)-北鎌平(13:45、横浜蝸牛山岳会のレリーフ有)-最初のチムニー(14:20)-山頂直下のチムニー(14:25)-槍ヶ岳山頂(14:33)
槍ヶ岳山頂(14:40)-槍ヶ岳山荘(15:20)-ヒュッテ大槍(16:00頃)(泊)
※行動時間 12時間20分(!!)
NOTE: P11などの小ピークは勘違いがあるかもです。
■3日目:起床(4:00)-ヒュッテ大槍発(5:15)-東鎌尾根-水俣乗越(6:55)-大曲-槍沢ロッジ(7:35)-横尾山荘(8:30)-徳沢(9:22)-明神橋(10:00頃?)-河童橋(10:35くらい。時刻記録用のカメラが電池切れにつき、不明><)
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北鎌尾根といえば、かの高名な「孤高の人」や「風雪のビバーク
」などの小説の舞台ともなった有名なルート。
日本における難易度の高いバリエーションルートのひとつです。
厳冬期、残雪期に比べれば、夏期の縦走は気温も高く日照時間が長いこともあり比較的容易ですが、それでも行動時間の長さやエスケープルートがない点を考えると、そう易々と万人にオススメできるルートではありません。
未整備、道標なし(バリエーションルートだから当然ですが)、雪渓歩きあり、渡渉あり、ガレガレで浮石だらけの岩場登り下り、砂砂のトラバース、ひたすら体力勝負。
すべてはオウンリスクでお願いします。
で。今の気持ちを一言で表すと、「つ、疲れた」。
新たな経験を積んだからというよりは、より物理的に即物的に、激しい運動で新陳代謝しまくって身体中の細胞を全とっかえしたために、なんだか生まれ変わったような気分ですw
同行のツワモノ2名の歩みに励まされつつ、無事に歩きとおすことができました。
本当にありがとうございます。感謝、多謝。
メダルが貰えるわけでも、表彰されるわけでも、賞賛を浴びるわけでもなければ、義務でもなく、誰かに頼まれたわけでもないのに、
なぜ人は山に登るのでしょう
峻厳たる自然との叡智比べ? 限界への挑戦? ただの自己満足?
なんて、原点回帰。たぶん自己満足がFA。
詳細ログはまた今度。
ひとまず、3日目の最終日、東鎌尾根から眺めた風景をベースに貧乏沢の下降から槍ヶ岳までの行程をざっくり示すと、
大天井ヒュッテから約1Km南西にある標高2549m地点から貧乏沢をだだ~っと下降して天上沢出会(1774m)へ、
(赤線はイメージです。実際のルートとは異なります)
天上沢沿いに少し南下し、対岸の北鎌沢へ入り、
北鎌沢右俣を詰めて、北鎌コル(2470m)から稜線沿いに(トラバース含め)槍ヶ岳山頂(3180m)まで。
単純にピンポイントの標高差だけで考えても、775m(下降)+1406m(登り)。
。。。
谷川の記録を放置したままなのが心残りですが。。まぁそれはまたいつか。
日曜日の朝早く、奥多摩駅からバスに揺られて終点の東日原で下車。
バス停脇のトイレがリフォームされてとてもキレイになっていて、びっくり。
メンバーは新人Y君とH師匠と自分の3人。
日原鍾乳洞方面に10分弱ほど歩き、稲村岩を愛でつつ、鷹ノ巣山方面の登山道へ。
巳ノ戸橋を渡って日原川の対岸の河原に下り、沢装備の準備。
河原の脇、日原川に鷹ノ巣谷の流れが合流する場所が入渓点。
そこでは、同じバスに乗車されていた他のグループの方たちがすでに準備中でした。
アクセス至便で初心者向けの沢ということなので、混雑を予想していたけれど、自分たちを含めて2パーティなら静かなもの。
陽射しが強く、気温も高く、むわっとするほど湿度も高く、沢登りにはうってつけの朝。
装備を整えて、いざ鷹ノ巣谷へ。8時40分に歩き出し。
ここのところ雨の日が多かったためか、結構な水量。ドコドコと流れるホワイトウォーター。どぼんするにはまだ少し水が冷たいけれど、楽しいねぇ。
本日もまた「水流の真ん中を往け」とばかりに、基本姿勢は正面突破。
F1(3m)、F2(4m)、F3(7m)と小さな滝が続き、苔のぬめりはいやらしいけれどガバが多いので、ロープを出すまでもなくさくさくと前進。
古い石積みの堰堤をいくつか越えてしばらく行くと、深い釜のある5m滝に。
もっと気温が高ければ、釜にドボンするのになぁ。ヘツって右壁を登りました。
再び古い堰堤が続き、流れが少し穏やかになったところで、小休止。
歩き出しから1時間弱経過した9時半ごろ。
再び歩き始めると、次第に谷がゴルジュっぽくなり、岩盤を削って水が迸っていました。
う~む。こんなところが東京にもあるのだと思うとかなり味わい深いです。
なお、5m滝の途中に古いハーケンが打たれていました。
顕著な二股の右岸を選んで進んでいくと、大滝手前の5m滝に到着。この滝、ガイドブックにはなにも特徴が記されていませんが、自分には結構手ごわかったです。
途中のハーケンが打たれているところまでは足も手もあるのですが、その先がのっぺり。。
上を探ってみたのですが、ホールドもスタンスも見つけられずずるっと滑り落ちてしまいました。
念のためハーケンが効いていることを確認したうえで、スリングで自分のハーネスに連結しておいたので、大事には至りませんでしたが。先行パーティの方が頭上から「そこね、結構いやらしいんだよね。手も足もないでしょ」と声をかけてくださいましたが、えぇそのとおり。とほほ。
結局、再トライする気にはなれず、滝の左壁の巻き道から巻きました。
大滝下に10時15分に到着。ガイドブックによれば入渓点から大滝まで約2時間とあるので、なかなか良いペース。
それまでこじんまりとした滝が多かったので、この大滝はなかなかのインパクト。
滝の侵食によって形成された空間がぽっかりと広く、すらっとすっきりした滝。
山と高原の地図にも「大滝」と記載がありますが、ここに至る山道は記されていません。かつては仕事道があったようですが、滝のそばを見渡しても道があった形跡はどこにも見当たりませんでした。
10年前の遡行記録でもすでに廃道と書かれているので、自然に還ってしまったのでしょう。
先行パーティが大滝を登る間、を休憩を兼ねてのんびりと待ち。
滝の右壁は階段状。せっかくロープを持参したし滝の脇なら濡れずに済みそうなので、H師匠がリードでロープを出しました。
大滝を登り終えた時点でまだ11時前。この日は沢でソーメンを食べよう! という目的もあり、色々と仕込んであったのですが、まだちょっとお昼には早いよねぇ。。と言っているうちにみるみる雲行きが怪しくなり雨が降り出しました。あらら。
入渓点は標高550m。大滝の地点で標高890m。鷹ノ巣山は標高1737m。
鷹ノ巣山山頂を目指すとしたら、実に標高差でまだ800m強も残っている。。。うげげ。
遡行とツメの時間が同じ2時間という点を見逃していました。長いねぇ~。
自分の持っているガイドブックによると、大滝のすぐ先で分岐する水ノ戸沢は「最後の笹ヤブ漕ぎに苦労する」とあり石尾根に合流する金左小屋窪推奨でしたが、H師匠がコピーを持参したガイドブックでは水ノ戸沢推奨となっていました。
雨はなかなか止む気配がなく遠雷の音がゴロゴロ。これはもう最短距離で下山して早いところお風呂に入りたいねぇ。。ということで、水ノ戸沢方面にGo。
すでに人の手が入っておらず野生化したワサビがちろちろと残るばかりとはいえ、これだけしっかりとワサビ田の跡が残っているなら、きっとどこかに仕事道があるハズ。。と、歩きながらできるだけ注意深く周囲を見渡しましたが、途中に道らしき跡や赤布や赤テープの類は一切見当たりませんでした。
フィールドを知り尽くした山ビトにとっては、人工的な目印なんて不要なんでしょかね。それとも、放置されてからあまりにも長い年月が過ぎてしまったのでしょうか。
もし後者だとしたら、日本のような亜熱帯気候の土地やそれ以南の場所での自然保護なんて割合簡単です。人間がいなくなればいい、たったそれだけのことです。
なのに、自然を守るために人口増を制限しましょうと呼びかける環境保護団体がいないのは不思議です。まぁいいんだけどもさ。
さて。水ノ戸沢は最大でも2m程度の小ぶりな滝がある程度。困難な箇所は特になし。ただ、傾斜が徐々に厳しくなり、雨も降っていてなんとなくモチが上がらないので、ペースを落としてのんびりと歩き続けました。
12時半過ぎに、顕著な分岐(2:1)に到着。分岐の俣になっている山肌一面から水がちょろちょろと湧き出していて、ちょっと面白い光景。
左俣の方が本流っぽいのですが、H師匠のガイドブックの案内に従い、ここで右俣へ。
ガイドブックによれば、あと1箇所分岐があり右俣を進むことになっていましたが、右手の斜面は崩壊している箇所が多く、分岐なんだかそうじゃないんだかイマイチわからないところが多かったです。
ここか? ここなのか? と右俣に踏み込んだもののあまりのガレガレっぷりに撤退すること2回。
足元が割としっかりしている水道が正解です。
すでに水が枯れて久しいものの、先に降りだした雨のためか、チョロチョロ水の流れが復活。
結構水量の多い沢なので、大滝手前で雨にとらわれなくて良かった。
周囲には野生化したワサビがちょろちょろ。
ワサビ田跡などはないので、自生のワサビと思われるのですが、天然なんですかね。それとも栽培地から上流に伝播するってアリなんでしょかね。
と、目の前に土壁が現れ、その先に笹藪。
あぁついに、ヤブ漕ぎタイムktkr。この時点で1時20分。
すでに放置されて久しいと思しきワサビ田の跡以外、人が入った気配を感じなかったのですが、目を凝らして土壁を見ると、どうも人の踏み跡らしき足跡あり。ラッキー。
しかも、ちょうど人が通るくらいの幅で笹が切れていて、おお楽チン。
滑りやすい上に笹が枯れているので、なかなか苦労のしどころだけど、獣か人か判然としない踏み跡を辿ると1時50分ジャストに、稲村山から鷹ノ巣山に至る登山道にぽいっとでました。
猛烈なヤブ漕ぎを予想していただけに、案外お手軽に登山道に合流できたのはちょっと意外。でもうれしい。
「この瞬間がたまんないんだよね」byH師匠。同感です。
鷹ノ巣山はまだちょっと遠いので、稲村岩方面を目指して下山開始。少し歩いたところで、「ヒルメシクイノタワ」の標識が。あら、こんなところに出たのねぃ。
なるほど、ヒルメシクイノタワを目印にすれば位置を特定しやすいし集落からもほど近いから、水ノ戸沢がかつてワサビ田として選ばれたのかもな。。と。
わっさわっさと下り、入渓点でもあった河原に降り立ったのは15時半。
ここで沢装備の泥を落とし、東日原のバス停に戻ったのは16時ちょっと過ぎ。
先日、丹沢の勘七ノ沢を下山した時と同じく右膝に違和感。沢靴だと滑りやすいので、ブレーキをかけながら降りるという動作が膝に良くないのだろか。。谷川のときはなんともなかったのに。。困ったな。
以前左膝がパキりやすかったときに装着していた膝保護用のサポーターを常備しよう。
さて。バス停近くの雑貨屋さんでビール缶を購入し、乾杯。奥多摩駅に戻ってお風呂に入り、駅のそばの居酒屋さんで軽く1杯。やまめのお刺身や夏野菜の盛り合わせ、鳥の塩焼きに生ビールに日本酒を瓶で2本と短時間ながらもあれこれ色々と飲み食いしたのに結構お安くあがったのはちょっと不思議。計算が合わないような気もするけど、まぁいいか。ラッキー。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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