フランスとベルギーがオリンピック開会式欠席を示唆する中、ポーランド、チェコ、エストニアの国家代表がそれぞれ北京オリンピック開会式への欠席を表明。
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ポーランド首相が五輪開会式を欠席、チベット問題に抗議
ポーランドのトゥスク首相はチベット情勢を理由に北京五輪の開会式を欠席することを表明した。27日付の現地紙ジェンニクとの会見で明らかにした。チベット情勢を理由に開会式欠席を明確に表明した政府首脳は同首相が初めて。またポーランド外務省高官は同紙の取材に答えて欧州連合(EU)に軍事技術の移転禁止など対中関係の見直しを求め、中国政府に圧力をかける考えを示した。
五輪開会式に関してはチェコとエストニアの大統領も26日までに欠席を表明した。ただ両者は多忙などを理由としており、中国側に一定の配慮を見せた格好。
(以下略)
(2008/03/28 01:19 NIKKEI NET)
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ポーランドにチェコにエストニアかぁ。
周辺の大国の侵攻によって消滅しては復活を繰り返してきた国々の主張はずっしりと重いな。。
英断だと思う。
もっとも、穿った見方をすれば、これらの中欧の国々は現在ヨーロッパの製造拠点としての経済成長が著しいので、経済的にも中国の地位を蹴落とす絶好の機会なのかも。。
いや、それはいかになんでもウガチ過ぎだ。ごめんなさい。
ちなみにヨーロッパにもMade in China製品は氾濫しているけど、ヨーロッパの人にとっては中国は「世界の工場」というよりは、どちらかというと巨大なマーケットであって、労働集約型産業の生産拠点としては中欧諸国やバルト三国がファーストチョイスになるらしいです。(らしい、というのは、あくまでも自分の感想。統計などの根拠はございません。。)
「(中欧やバルト三国は)地理的にも人種的にも近いからね。中国よりはなんとなく安心」なんだそうな。
ヨーロッパの多くの人にとっては、アジアはやっぱり心理的に遠いです。
さて。EUのペテリング欧州議会会長が、先日26日に中国政府側の暴力的な鎮圧を批判し、「すべての政治家は(北京五輪の)開会式への出席が可能かどうかを自らに問うべきだ」と演説の中で語ったとか。
まさに今日、本日28日に開催される外相会合でチベット情勢についても協議する予定とのことなので、EU加盟諸国の動向が明らかになりそうです。
もうみんなチェコの大統領みたいに、「忙しくてさ、開会式には出れそうもないんだわ、ごめんごめん」って言っチャイナ☆
なんてね。
でもね。。
誰しもが「スポーツの世界に政治を持ち込むな」と言いながらも、結局のところ外交カードとして振りかざされているのはなんだかな。。
切り札をもたずにゲームに参加するのは無謀だけど、オリンピックしか攻めどころがないのか。
そういう問題ではないと思うんだ。。
でないと、切り札をもたない人々は声を拾い上げてもらうこともできずに消されてしまう。
昨日は、山の会のOBの方が海外遠征に出発されるということで壮行会。
山の話をつまみに呑んだくれました。楽しかった~。
ご参加くださったみなさまに感謝。
なにかと個人情報漏洩問題に監視の目が厳しい昨今ですが、さすがにここまで加工したら誰が誰だかわからないことを願いつつ。。
それにしても。6000mとか7000mの高山の世界はどんなところなんだろ~。。
酸素薄そう…寒そう…
それくらいしか思いつかない。
我ながら、なんて想像力が貧困なんだろ。。orz
どんなに映像技術や仮想現実の表現方法が進歩しても、どれだけ体験談を見聞しても、いかに自分の想像力を総動員してみても、やはりどこかで実感が伴わないような気がする。
近距離国内線の飛行機だと高度7,000mあたりで水平飛行するそうだけど、あの高度で窓を蹴破って飛び出したら体感できるかも…? て、ガクブ゙ルすぐる。
それにいきなり高高度に飛び込んでどうするよ ε~( ̄、 ̄;)ゞ
自分はヘタレ登らーで、それはそれで楽しいのでぼちぼちっと精進するしかありませんが、まぁぼちぼちっと。
色々な人にとって色々な山があって、山の話をつまみに酒を酌み交わす時間はとても有意義なひとときでした。
お土産話を楽しみに、無事の帰国をお待ちしております。
1票の重みというけれど、これはちょっとすごい。。
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65歳女性、投票のためはるばる600キロを踏破 ブータン
ブータンで24日に行われた、絶対君主制から立憲君主制への移行の総仕上げとなる初の国民議会(下院)選挙で、世界で最も熱心な有権者といえる人物が現れた。65歳の女性、Tshewang Demaさんが投票のために何と600キロメートルの道のりを徒歩でやってきたという。現地紙ブータンタイムズ(Bhutan Times)が報じた。
ブータンでは、有権者は出生地でのみ投票が許されており、今回の選挙では、数千人が出生地の村などを目指す姿が見られた。
投票日前夜に取材を受けたDemaさんによると、4年前の自動車旅行中に乗り物酔いに苦しめられて以来、どこへ行くのも徒歩で移動しているという。Demaさんは「自動車で移動できないという理由だけで、投票の機会を失いたくないからね」と語った。
首都ティンプー(Thimphu)から、故郷のTrashiyangsteまで14日間をかけてやってきたDemaさんだが、念願の投票だけにとどまらず、長年会っていなかった親族との再会も果たすことができた。
(AFP 2008年03月25日 03:52)
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投票所まで600Km、14日間歩き続けたとは。。。
単純計算で1日あたり42.86Km。フルマラソン+α。
即日開票ができるような選挙管理体制があるのに、そもそも出生地でしか投票できないというシステムをどうにかした方がいいと思うのですが。。。まぁ、国家体制そのものが王政から議会制民主主義に移行中とのことなので、仕方ないのでしょか。
ブータンという国があることは知っていても、内情については殆ど知りませんでした。
国民からの信望の厚い国王自らが民主化を主導し、その階段の途中にいるそうです。
一方で既得権益を手放すことを是としない地方や中央の権力者たちが反逆したり、少数派のネパール系住民が国外に逃れて難民となり問題が生じたり。
なかなか興味深いっす。。
そういえば、国民総生産に代わり、国民総幸福量(GNH)を提唱したのが、ブータンのワンチュク前国王だそうで。
GNHというのは、「人の幸せを追求する」概念で、
1)バランスのとれた経済成長と開発
2)文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興
3)豊かな自然環境の保全と持続可能な利用
4)よき統治
という4点を柱とするそうです。
詳細は外務省主催のシンポジウム(2005)のレポートを、どぞ。
ブータンという国自体は地理的に微妙(インドと中国という大国に挟まれた辺境地帯)で、また民族構成的にも微妙(チベット族80%、ネパール系20%)で、現在ではそれなりに平穏な情勢であっても、それを維持することはそうたやすいことではないかも。(ま、それはどこの国でも同じことなんですが)。
それでも、人間的に正しい願いを掲げて理想を求めるという姿勢には、学ぶところが多いような気がします。
もしも正しいねがひに燃えて
じぶんとひとと萬象といっしょに
至上福しにいたらうとする
それをある宗教情操とするならば
そのねがひから碎けまたは疲れ
じぶんとそれからたったもひとつのたましひと
完全そして永久にどこまでもいっしょに行かうとする
この變態を戀愛といふ
そしてどこまでもその方向では
決して求め得られないその戀愛の本質的な部分を
むりにもごまかし求め得やうとする
この傾向を性慾といふ
宮沢賢治の小岩井農場の一節でございま。
確かに、どれほどGNPやGDPの数字が高くても、今の日本はちょっと「正しい願いに燃えて、自分と人と万物と一緒に至上福祉に至ろうとする」「その願いから砕けまたは疲れ」ているかもしれないなーと思います。
まぁ自分だけかもしれませんが。はは。
またぞろ、ネガティブなことばかり考えて~と怒られそうなので、このあたりでやめておきましょ^^;
さて、ブータンの下院選挙の結果はこちら。
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ブータン:調和党が圧勝 定数47中44議席獲得
ヒマラヤの王国ブータン下院選は24日即日開票され、選管によると、ブータン調和党(DPT)が定数47中44議席を獲得し、国民民主党(PDP)に圧勝した。DPTのジグミ・ティンレー総裁が3度目の首相に就任する見通し。新首相は内閣を組閣し、ブータンは立憲君主制へ移行する。ワンチュク王家が支配権を確立した1907年以降、101年間続いた絶対王制に終止符が打たれる。
ただ、国王は政府に対して影響力を行使することが認められており、国の重要課題への対応に変化はないものとみられる。選管は有権者約31万8000人で、投票率は79.4%だったと発表した。
(毎日新聞 2008年3月25日 10時02分)
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Demaさんの一票はどちらの政党に投じられたのでしょ。さてはて。
ほんとは2色使いでビビッドに円を描いていくとかわいい。糸を替えるのが面倒なので白一色だけど、立体感があるのでほんのりと贅沢な感じがしなくもない。
ベージュピンクのパターンは「かぎ針編みパターンブック300」から。なんだか自分にはso sweetでtroppo dolceでクラクラするほど甘い。でもかわいい。
黙々と同じパターンを繰り返す作業は、余計なことを考えなくていいのでついつい没頭してしまう。
先週書きかけてしばし放置していたので、すでに古い情報ですが。
どさくさ紛れにロシアが発表した見解。
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コソボがチベットに影響 露外相、米欧を非難
ロシアのラブロフ外相は18日付のロシア新聞に対し、中国チベット自治区の大規模暴動にはコソボ独立宣言が影響したとの見解を示し、独立を承認した米国や欧州などの国を非難した。
外相は、チベット暴動のほか、コソボと隣接するマケドニアでも、コソボの多数派と同じアルバニア系住民が独立につながりかねない自治の要求を強めていると指摘、世界中で「暴発しかねない極度に危険な過程が始まった」と述べた。(共同)
(MSN産経ニュース 2008.3.18 19:54)
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チェチェン問題を抱えるロシアが、国際的に民族自決の火が再燃することを懸念していたとおりだと申しております。いやはや、コソボ独立に反対していた立場から一貫してブレがありません。
さすがはロシアです。
だが、お前が言うな。
あぁでも、そうです。イラクでもイスラエルでもダルフールでもコソボでもチェチェンでもキプロスでもトルコでもスリランカでも東ティモールでも民族や宗教をめぐっての対立や争いの火種は消えません。
お前が言うなと、互いに後ろ指を指しあって、そして声の大きい者が勝つのです。たぶん。
なんてこった。21世紀はもっと幸いに満ちた時代になるものだと思っていました。
それでは、すでに消えてしまった民族についてはどう考えるのか、人権保障問題は政治的に解決するのか、なぜ自分はチベットや独立を願う中国の少数民族を支持し中国を非難するのか、他の紛争地域についてはどう考えるのか、ぐるぐるぐるぐると考える今日この頃。
そんな折、たまたま見つけたアメリカのNPO独立系新聞サイトで、チベット亡命キャンプ訪問記の記事を読み、最後の一文で不覚にも目から汗。。
宗教的共同体を基盤とし、常に微笑みを絶やさず、欲することの少ないチベット亡命者たちと、母国においては立派なキャリアを有していても現地の力作業ではたいして役に立たない(と自ら書いているw)アメリカ人ボランティアたちの束の間の交流記。
記者の方は、米ミネソタの新聞社に勤めいていた元記者で、現在では主にトラベルエッセイを執筆。
地元のボランティア有志と共に、亡命チベット人キャンプにおいて共同キッチンの修繕を行う活動に参加。
亡命キャンプは、カドマンズの西に位置するポカラに近いチャムパリンという場所にあり、約半世紀前、ダライ・ラマ氏がインドに亡命した時期に、ネパールに亡命したチベット人が700人近く在住。ネパール政府の厚意により保護されており、衣食住が足り、平和に穏やかに自らの宗教と文化に忠実でいても迫害を受けることはないようです。
とはいえ、亡命者はもとより亡命キャンプで生まれた子供たちもネパール国籍はなく、あくまでも亡命者。彼らにとって故郷と呼べる安寧の地は、残念ながら現時点では地球上のどこにも存在しません。
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"My journey to a Tibetan refugee camp -By Catherine Watson"
(2008/3/21 Minn.Post.com)
(省略)
Not for the work we'd done. Not for the money we'd brought. But simply for showing up. We had come, in person, all the way from the United States. That was what mattered most.
"Thank you,'' people said as they told us goodbye, taking our hands, touching their foreheads to ours. "Thank you for not forgetting us.''
As if we could.
我々が行ったボランティアの作業ではなく、我々が寄付したささやかな(という記述が前にある)お金に対してでもなく、ただ我々がアメリカから遠路はるばる亡命キャンプを訪れたということ、それが彼らにとってはなによりも意義のあることだった。
「ありがとう」と、別れの挨拶とともに人々は口にした。我々の手を握り、額を寄せながら。「私たちのことを忘れずにいてくれて、ありがとう」と。
忘れずにいられたら、いいのだけど。
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(英語は苦手でしてと言い訳しつつ。正直、"As if we could."のニュアンスが。。難しす。。)
盗んだバイクで走り出すようなお年頃でもないのですべての権力に向かってNoと言うつもりもないし、弱い立場にある人間の言い分がすべて正しいとは限らないとも思います。
また、主観的な記事である以上、どこかにそっと作り話やプロパガンダが織り込まれているかもしれません。
それでも、(この記事の内容を信じるとして)筆者と登場するすべての人々が穏やかで慎ましく心優しい人々であることに共感を覚えるのは自分だけではないことを願います。
忘れないこと。身近な人の、遠く離れた場所にいる人の、息災を願うこと。
たとえ誰もが満ち足りて穏やかに暮らすことは決して簡単なことではないとしても、まだこの地球のあちこちに心優しい人々が存在するのだと知ることで、なにかがほんの少しだけ救われるような気がするのでした。
まぁ、まずは自らの心がけから。。なんですが。。
週末の日曜日は四阿山でなんちゃって山スキー。
「なんちゃって」なのは、自分を含めてゲレンデ板とブーツを担ぎ上げたツボ足部隊のことで、ちゃんと山スキー装備の人もおりましたが。
ツボ足部隊4名、山スキー隊4名の総勢8名という大御所で出動。
と、その前に。出発時間がゆっくりめなのをいいことに、集合前にボルダリングでウォーミングアップ。休日に天気が良いと、どうも身体を動かさないと損をした気分になるという貧乏性ですが、帰りの道中で背筋が筋肉痛に苛まれたのはこのボルダリングのせい。。うう。
前日の土曜日の夕方に都内を脱出。途中の某所で前夜泊。当然ながら宴会付き。
翌朝は4時半に起床し、あずまや高原ホテル下の登山者専用無料駐車場に駐車。
空は雲ひとつないすっきりとした快晴。それでも真冬に比べるとやや霞がかかっているような感じ。
里はすっかり春ですね。
出発直前まで、スキーブーツで歩くつもりでいたのですが、いざスキーブーツを履くとどうにも足がキツ。。
うわ宴会で飲みすぎたようですよ。。。と反省しつつ、ブーツをザックにしまって冬靴で登ることにしました。
7時40分に歩き出し。あずまや高原ホテル脇の登山道入り口はまだ雪が残っていて、山スキー部隊は最初からシールをつけて歩行。ツボ足部隊はツボツボと歩き始め。
「キツネコース/四阿山」という標識を辿りながら30分ほど林の中の小道を歩くと、牧場の柵に到着。
この柵を越えると、風景は一変して見晴らしの良い広い牧草地。
振り返ると、遥か向こうに白い雪を戴いた北アルプスの山々。
牧草地帯の下部は一部下草が顔を出しているものの、まだまだ雪がつながっているのでスキーを履いたまま下山できそうで、ホ。
雪が堅く締まっているお陰で、また傾斜も緩いので、ツボ足部隊も足取りを緩めることなく山スキー隊に続いてガツガツ登り続けました。
とはいえ、ゲレンデスキーとスキーブーツを担ぎ上げて登るのは、結構しんどいものです。
あまつさえお天気が良く風もほとんどない山スキー日和。暑い、重い、しんどい。でも楽しい。
だが、それがいい♪
と、自分に言い聞かせながら(結局しんどいんじゃあw)、歩きました。
牧草地帯を30分ほど歩いて抜けると、樹林帯が登場。
相変わらず平坦な夏道をてくてくとハイクアップ。ところどころ、登山道脇のあたりに、牧場の柵の頭とか有刺鉄線がちょこっと顔を出していました。下山時にスキーに引っ掛けると涙目モノなので、要注意。
登山中、右手にはずっと浅間山が。噴火口からわずかに噴煙が立ち昇っていました。
火山性ガスのために草木も生えず、ガラガラと黒い溶岩が堆積する山肌も、雪に覆われるとこんなに美しいものなんだな。。と、なんだか神妙な気分。
歩き出しから2時間30分強が経過し、登りが徐々に急になりそうな手前の場所で何度目かの小休止。遠くにぽっちりと四阿山の山頂らしき突端が見えました。
←ぽちょんと見えるのが、四阿山の山頂。まるで砂漠のオアシス。あれはいったい…ち、近いのか、遠いのか…?
この時点まで、ペース的にはほぼ参考コースタイム通り。となれば、あともうちょっと・・・? そうなの? 信じていいの? と思いつつ。
段々と登りが厳しくなり、山スキー隊に水をあけられながらもツボ足部隊もひたすら前進。
11時半少し前に、山頂に続くさらなる急登の手前に到着。ここでツボ足部隊はスキーをデポ。
と、うおぉ。。。(=゚ω゚=)シャキーン
スキーがないとなんて軽いんでしょ。スキーブーツは相変わらずザックの中ですが、スキーを下ろしただけでも、ひゃっほぉぉいという気分で、思わず駆け出していまいましたよ。
これでブーツも一緒に下ろしていたら、たぶん I've got FREEDOM! とか叫びつつ走り続けたことでしょう(嘘)。
だから山スキー道具を買えばいいのだと、えぇそれはわかっているのですが。。あぁ(´・ω・`)
そんなこんなで歩き出しから約4時間後、11時40分には無事山頂に到着。
やっほ~。
←山頂から菅平牧場からの登山道方面をパチリ。山頂の祠は半分雪の中。
山頂からは、お隣の根子岳はもちろん、妙高方面、北アルプス、富士山(うっすらと)、群馬の山々が360度の大パノラマ。
しばしパノラマを楽しんだ後、スキーをデポした場所に戻ってのんびりと昼食。
1時ちょっと前にスキーを履いて、いざ下山開始。山スキーヤーがかなり入っている場所なので、トレースはくっきり。それでもうっかり尾根を間違えることのないように慎重に。
全体的に傾斜が緩やかなので快適、快適。ただただひたすら楽しい。
4時間かけて登り、1時間かけて下山。スキーだと、ホントにあっという間。
それを割に合わないと思うか、楽しいと思えるかは、まぁ人それぞれということで。
たとえ「なんちゃって」でも、山スキーにはゲレンデとはまた違う楽しさがあります(でも、なんちゃっての方が辛いような気もする。うう)。
帰りは湯楽里館に立ち寄って、目いっぱい汗を流して一路帰宅。
休憩のたびに日焼け止めを塗りなおしていたにもかかわらず、しっかり日焼けしましたよ。。orz
ただいま顔全体が腫れあがり中(;’A ’)
ゆる~く編んでみた。方眼編みのミニマフラー。
糸がなくなってしまったので強制終了(´´ⅴ``;)
水通しもしていないのでガタガタだけど記念うp。
またつまらんゴミを増やしてしまったような気もするけど、あらちょっと喉が痛いわいやだわ風邪かしら…なんてときには使えるかもしれない。
方眼編みの途中に簡単な花模様を入れてみたのだけど、
(こんな感じ↓)
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いかんせんゆる~く編んであるので、模様がなんだか判然としない。。あぁ。。
色々と気になることをメモしたり、グダグダ書いてみたり。山の記録はなるべく参考になりそうなことを…と思いながらも思いついたままに垂れ流し。。
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